
四月、慶應義塾の新たな一年が幕を開ける。我々塾生は多くの仲間を新たに迎え入れる。新入生の入学を記念し、慶應義塾の理事長並びに、慶應義塾大学の学長も兼ねる伊藤公平塾長に話を聞いた。塾生だけでなく、慶應義塾の社中一同に是非一読して欲しい。
「今の時代だからこそ自由が大切」
――伊藤塾長が特に重視している理念は。
時代によって変わってきますが、今の時代だからこそ自由が大切になってきます。自由は、周囲の人に害を及ぼさない限りにおいて、最大限に保証されるべきです。自由の中から社会のために役に立つことを行うというのが慶應義塾の基本的な理念です。独立自尊とはそういう考え方です。
政府の仕事とは「自由を保障して、悪を制する」ことです。しかし、今世界を見渡すと、国民の自由を奪うようなリーダーが現れてきています。民主主義というものを改めて考えなければいけません。例えば、塾生代表選挙で選ばれた人が当選したからといって、自分が好きなことをやってしまったら問題が生じるわけです。塾生代表の仕事というのは、塾生たちの自由を保障して、問題点を直していくということだと思います。LGBTQの人たちも同じです。LGBTQの人たちは少数派なのかもしれませんが、その人たちが周りの人に害を加えることはないわけですから、当然周りのたちと同じように人権も認めなければいけません。自分と考え方が違うからと言って、存在を認めないということは許されません。ナチス・ドイツの時のユダヤ人の迫害と同じわけです。選挙で勝って、国民の代表または組織の代表になった人は、少数派であっても自由を認めなければいけません。それが慶應義塾の大切な考え方です。
学生時代は「ぼーっとせず学び続けて」
――先が見通せない時代の中で、学生時代どのように過ごすべきか。
学び続ける、ただその一言に尽きます。先が見えない時代かもしれませんが、1日経てば見えることが出てくる、2日経てばまた見えることが出てくる。新しいことが出てきたら、それについてしっかり学ぶ。学びを重ねていけば、新しいことも理解できて、さらに次に何が起こるかを予測する力も身につけることができます。ぼーっとしていてはいけません。学び続けることが大切です。
「新聞記事程度の長さの文章 読んでほしい」
そして、新聞記事ぐらいの長さの文章は読んでもらいたいです。塾生新聞の記者方も長い時間をかけて記事を推敲されていると思います。だからこそ、その記事は読む価値があるのです。X上で短い文章にしか触れないと、長い文章に触れる機会が失われてしまいます。扇動的な一文がきっかけで、「あいつがおかしいのではないか」などと批判が集まる光景はX上でよく見られます。一方、新聞は一般に半日、一日かけて推敲されてから記事が作られます。例えば、高校無償化も賛否両論がありますが、誰が賛成していて、誰が反対しているか、それぞれの立場の人たちの意見や理由が書かれています。必要な情報が書かれているからこそ、新聞の記事は長くなるのです。
私は人間ができる情報のアップデートは、一日に一回程度が限界だと考えます。一日に一回というのはちょうど新聞を一つ読む程度のことです。SNSでは短時間で情報をアップデートすることができますが、一つ一つの文章が短すぎる上に、しっかりしたロジックを持って事実を説明する人がいないわけです。だからこそ新聞記事を読んで欲しいのです。Xをやめて、新聞記事を読んでください。
そして、この発言もまたその意図が説明されないと人々は理解してくれないはずです。慶應の学長が「Xをやめて、新聞記事を読んでください」と言った、という見出しだけが、Xにあげられると、私が先ほどした説明が伝わらないはずです。塾生新聞会が私の記事を作る時は、私が言ったことをしっかり説明してくれると期待しています(笑)。
慶應の魅力は「学ぶための環境」
――塾員として、研究者として、塾長として、改めて慶應義塾の魅力とは。
慶應義塾で学ぶことで生涯にわたって学び続ける力がつくと考えています。生涯にわたって学び続ける力というのは受動的なものではありません。慶應義塾の魅力というのは、「この授業もとってみようか、あの授業もとってみようか」といったような貪欲に学ぶ力に応える環境が整っている点であり、私もこれを一番整備したいと考えています。
例えば、交換留学制度もかなり整備してきましたから、「世界に出たいな」と思ったら利用できる制度が用意されています。また、必修の枠組みの中ではありますが、空いている時間にいくらでも授業を取ることができるわけです。そういう態度こそ、我々が期待していることであり、君たちが大人として考えるべきことだと思います。後で振り返って、「もっと学んでおけばよかった、学び続ける力をつけておけばよかった」とは思ってほしくないです。学ぶための環境を用意しているのが慶應義塾です。授業を多く履修したとしても、授業料は変わりません。皆さんにはこの環境を徹底的に活用してほしいと思います。大学が学生をもっと厳しく教えてくれという人がいますが、その姿勢は少し受け身です。学び続ける力をつける環境が慶應義塾にはあるのです。学習塾であれば、カリキュラムが用意され、やるべき事の指導がなされますが、成人の君たちには能動的であってほしいのです。
研究者としても全く同じことで、好奇心に基づいて好きな研究ができる、その環境が用意されることが慶應義塾の魅力です。塾長としての最大の魅力は、素晴らしい塾生、教員、職員の仲間と協働して仕事ができることです。
――慶應義塾が今後担うべき役割についてどのように考えるか。
『慶應義塾の目的』のとおりです。
慶應義塾は単に一所の学塾として自から甘んずるを得ず。其目的は我日本国中に於ける気品の泉源、智徳の模範たらんことを期し、之を実際にしては居家、処世、立国の本旨を明にして、之を口に言うのみにあらず、躬行実践、以て全社会の先導者たらんことを欲するものなり。
皆さん、このために慶應義塾を選んだわけですよね(笑)。毎日これを必ず唱えていますよね(笑)。「慶應義塾は」というところがポイントです。皆さんは卒業した後も塾員として慶應義塾なのです。塾生も卒業生も、そして我々教職員も皆が慶應義塾として、国や社会がどうあるべきかを考え、口で言うのみだけでなく実際に行動に移していく、そうすることによって全社会を先導していくわけです。つまり、一人ではなくみんなでやるわけです。それが我々の創設以来の任務であり、それは時代が変わっても全く変わりません。
「自由得るためには学びが必要」
――新入生には塾生として何を期待するか。
今の時代だからこそ、自由という言葉の意味をもう一度よく考えて欲しいです。自由を得るためには、不自由が強いられることもある。最終的に自由を得続けるために、不自由を自ら選択することがあるかもしれない。結果として人生において自分たちが自由を得続ける、自分たちの社会も自由を得続けながら、悪者だけが制されていく、という考え方が大切だと思います。自由を得るためには学び続けなければいけないので、課外活動も学びですがまずは慶應義塾の学問という面でのリソースを徹底的に使い倒して欲しいです。
福澤諭吉は慶應義塾の目的に関して、「気品の泉源」「智徳の模範」という表現を用いた。学問習得の過程において、「智徳」とともに「気品」を重視したのだ。単に知識や倫理を備えるだけではなく、人格を備えた全社会の先導者である事こそ、慶應義塾という同じ旗の下で学ぶ我々にとっての理想であり、使命なのかもしれない。陽春の気満ちるこの季節、塾生としての自尊と責任を胸に、新たなる一歩を進めたい。
(金田悠汰、徳永皓一郎)