
アメリカ大統領選挙の全容に迫る 第2回
アメリカ社会の深まる分断〜感情的分極化の背景とその影響〜

2024年11月に行われたアメリカ大統領選挙。共和党のドナルド・トランプと民主党のカマラ・ハリスの戦いは、全国の得票率で約1.5%という僅差でトランプの勝利で決着した。両者の戦いは、アメリカで深まる政治的分断を浮き彫りにしている。今回は慶大の法学部政治学科でアメリカ政治を研究している岡山裕教授(写真)に話を聞いた。
●「感情的分極」とトランプのポピュリズム戦略
現在、アメリカでは「感情的分極」という現象が進行している。これは、異なる党派の間で政治的な意見の違いがあるだけでなく、互いを嫌悪し合う状態まで分断が深まっていることを指す。特にトランプは、ポピュリズムを巧みに活用している。ポピュリズムとは、対立する相手を「世の中を支配している邪悪なエリート」と位置づけ、自分たちが彼らを倒すのだという文脈に政治をもっていく政治的手法である。庶民性を重んじるアメリカにおいて、政治家が大衆の味方であることを強調することは多く、例えばバラク・オバマ元大統領もポピュリストを称したことがある。トランプは民主党への対抗心を煽り、共和党内での一強状態を築いてきた。
●「感情的分極」を乗り越えるには
こうした分極化を緩和する手段として、近年注目されているのが「順位付け投票制度(Ranked Choice Voting)」である。この制度では、有権者が複数の候補者間で順位をつけて投票し、最初の集計で過半数など当選に必要な投票率を得る候補者が出なかった場合、それに達するまで、最下位の候補を除外し、その獲得票における次点の候補にその票を再配分する。
この仕組みにより、政治家は自分を最も支持する人々だけでなく、他の層からも2位として支持されることを目指すようになり、より幅広い支持を得ようとすることが期待されている。メイン州やアラスカ州では、連邦レベルの選挙でもこの制度を導入する動きが進んでいるが、分極化が緩和されるかどうか、長期的にみていく必要があるだろう。
それでは制度変革以外に、例えば市民間の対話の増進を通じて分極化を緩和することは可能なのであろうか。そうした場を提供する民間団体も存在するが、そこに参加する人の多くはもともと歩み寄りの意識を持った人々であろうから、全体的な分極化の改善にはつながりにくいだろう。ただし、人々が他者からの影響で党派性を変えることはある。
例えば、かつて製造業が盛んだったペンシルベニア州西部では、労働者の多くは労働組合とのつながりが深く、民主党支持者が多かった。しかし、労働組合の衰退に伴いそこでの集まりが減少すると、彼らの他人との交流の場は教会や近所のガン・クラブへと移動し、保守的な人々との付き合いが増加した。周囲の人間の変化に伴い彼らの政治的支持も変化していき、徐々に共和党支持者が増えていったという事象がある。このように、ある個人がどの政党を支持するかは、周りの人間にも左右される。
●ネット時代における陰謀論拡大と表現の自由
では、地域に縛られないインターネットは対話を可能にするのだろうか。この点、アメリカではSNS等で同じ政治的指向を持つ人同士で繋がる傾向が強く、対話があまりうまれていないとみられている。その一方で、インターネットは人々の言論が誰しもに伝わりうる経路を提供した。これは近年の陰謀論の拡大にもつながっている。陰謀論自体はアメリカの歴史を通じて存在してきた。しかし、多くの場合一部の人間の間でのみ共有される、「知る人ぞ知る」存在であった。それが、トランプの登場をきっかけとして、誰でもアクセスできるインターネットという媒体を通して拡大し、現在の影響力を持つようになった。
また、インターネットのプラットフォームが民間企業によって運営されていることも陰謀論などの虚偽情報への対処を厳しくしている。インターネットはガスや水道のような公共性を持つようになっているが、民間企業に運営されているため、政府による規制や管理が難しく、恣意的に行われる可能性がある。例えば、イーロン・マスクが所有するX(旧Twitter)では、マスク自身がX上で利用規約にも抵触するのではないかと思われるような発言を行っており、インターネット上で表現の自由が適切に保障されるのかという課題が残る。
感情的分極化はアメリカだけの問題ではなく、いわゆる先進民主主義国を含め、世界的に進行している現象である。むしろ、このような現象がほとんど見られない日本のような国の方が珍しい状況である。遠く離れたアメリカでの政治的現象も、私たちにとって決して無関係ではない。
(龍本千裕)