現在日本と米国でサービスを展開し、国内では最大級のユーザー数をほこるニュースアプリ「SmartNews」。2012年に日本でサービスを開始以来、3,000  を超える提携媒体から多様な情報を提供し、多くの社会人、学生がニュースを知る手段として愛用している。今回は、スマートニュース創業者であり、慶大理工学部を卒業した鈴木健さんにインタビューを行い、情報過多に対応し世界中の良質な情報を必要な人に送り届けるために開発されたSmartNewsが、将来的にいかに社会の分断の解消に貢献し「なめらかな社会」を実現するか質問した。

 

―SmartNewsアプリの開発の経緯はどのようなものだったのでしょうか。

初めは、共同創業者の浜本階生というエンジニアと出会い、彼と話して、試行錯誤をしていく中で、最終的にニュースアプリを出していこうという話になりました。当時、プロジェクトがスタートした2011年くらいはちょうどTwitterなどのソーシャルメディアが流行り始めた時期でした。その中でソーシャルメディアがすごく発達してきたので、いろいろな情報が得られるようになりましたが、結構玉石混交で、あふれる情報の中から良質な情報を得るのが難しくなっていきました。

そこで、情報と人間の距離をうまく再設計できないかと考えました。浜本さんと協力して、最初に作ったのが「クローズネスト」というサービスでした。このサービスは完全にパーソナライズされていて、人によって出てくる記事が全く違うし、それにウェブベースのサービスでした。しかし、半年以上やってもうまくいきませんでした。それで、パーソナライゼーションをするのではなく、皆が読みたいと思うような良質なコンテンツをレコメンドする方向に振り切るのと、ウェブサービスだったものをスマートフォンのアプリにするという、大きな二つのポイントを踏まえ、クローズネストから180°振り切って開発したのが「 SmartNews」です。

 

― SmartNewsアプリの開発では、デザインやUIの細かいところまで工夫されたと聞きました。具体的にどのような場所を工夫されましたか。

アプリの細かい使い勝手のところは、浜本さんの職人的なこだわりで良くしていったんです。当時のスマートフォンは処理速度が遅くてヌルヌル動かなくて、カクカクしてしまいました。そのときのOSが持っている標準のAPI(ソフトウェア同士が情報をやり取りする際に使用されるインタフェースのこと)ではなくて、描画用のエンジンを自分たちで書くところからやって、なめらかな操作性を実現しました。表面的なデザインだけよくしても操作性は上がらないです。だからエンジニアリング的に結構難しいことをやらないといけなかったんですよね。加えてデザインの部分も重要で、多様なコンテンツを出していくサービスにしたいのでカラフルな色合いにしたり、紙のコンテンツへのリスペクトを出すためにページをめくる様にするなどこだわりました。後は、当時は地下鉄に電波がとどいていなかったので、スマートモードと呼ばれる、オフラインで読める機能がヒットの要因の一つになったと思います。

 

―ご著書「なめらかな社会とその敵」が、2023年度の慶應義塾大学法学部入試問題の論述力試験で出題されたことについて率直なご感想をお聞かせください。ご著書の「なめらかな社会とその敵」のテーマと内容について簡単に教えてください。

母校である慶應の問題に出てきたこと自体すごく嬉しいし、若い人たちに読まれる機会がさらに増えているというのは嬉しいと思います。この本では法システムや政治システムの話がまさにテーマとしてカバーされているので、そういうことを勉強する学部の小論文で出たことはやはり喜ばしいですね。読んだ人たちから、僕がびっくりするようなアイデアがどんどん出てきたらいいなと思っています。

多様性を認めたまま二項対立に縛られない社会をどうやったら作れるか。これをコンピューターの技術によって、300年後の社会システムとして構成しようというのが「なめらかな社会とその敵」のテーマです。この複雑な社会を複雑なまま生きることがなんで難しいかというと、まず人間の脳が処理できる情報の量には限界があり、低いからです。しかし、どんなに情報技術で認知限界を取っ払ってしまっても、資源の配分の問題とか暴力の管理っていう問題が残ってしまいます。だから、脳を拡張していくことだけでなく、貨幣システムや投票システム、法システム、軍事システムに至る社会システムのコアな部分に関して本格的なアップデートをしないといけません。

今世界で起きている分断というのは情報システムの大幅な進化に対して社会システムの大幅な進化というのが追いついていないことによって起きています。人間がそれをラディカルに5年、10年で達成しようとすると、かえって大変なことが起きます。だから本当の意味で社会が変わるのには300年ぐらいかかると。この本は300年後の読者に向かって書いています。

 

―鈴木さんは、「300年後の社会」を見据えてご著書をお書きになりましたが、スマートニュースがそのような社会に向けて一歩ずつ進むために、どのような貢献ができるとお考えでしょうか。

第一の段階は、この世界で起きている進行中の分断、「なめらかな社会」に完全に逆行するような現象をなんとかすることです。スマートニュースが今アメリカで取り組んでいるのはこの問題です。アメリカでは投票で何かを解決するのではなくて、暴力でしか解決できないと考えている人たちが増えていて、分断を超えて内戦の危機にあると言われています。 SmartNews のアメリカ版の政治チャンネルではリベラルとコンサバティブ(保守)の両方の記事を各トピックで比較することができる機能があります。これによって少しでも分断の問題に良い影響を与えていこうとしています。要は、スマートニュースは今世界システムにある巨大なセキュリティホールにパッチを当てている(=修理している)状態です。第二の段階というのは世界システムそのものをアップデートするということで、メディア事業というものの領域を超えていくといえると思います。そこまでやることで本格的に「なめらかな社会」というものに貢献できるといえるでしょう。

例えるなら、世界は今緊急施術室に入っている病人みたいな状況になっていて、止血をしなければいけない状態です。まずは血を止めてから次の世界になっていくということですね。

 

―鈴木さんは世界がかなり「出血」している状態だとお考えなのですね。それは11月のアメリカの大統領選挙で悪化するとお考えでしょうか)

そうです。V-Demという世界中の国がどれくらい民主主義になっているか、独裁制なのかをスコアをつける研究機関がスウェーデンにあります。そこのデータを見るとこの民主主義国家の人工ベースの指数はこの10年間で落ちて冷戦期の頃まで戻ってしまっている状態です。今世界全体の民主主義のレベルというのは冷戦の時と同じ状態です。ただ、ここで止まるという保証は一切なく、冷戦以前より悪くなる可能性があります。つまり、1989年とか1990年に戻るのでなくて1945年の状態よりも悪くなるということです。アメリカでそのようなことが起こると世界中に波及します。日本も含めてかつての状態に戻る可能性があるのです。

今年の11月の米大統領選挙でそれが爆発する可能性もありますし、それよりも後にもそのリスクはずっと残ります。地震と一緒で、マグマが溜まって2024年に爆発しなくとも、2026年にも2028年にも爆発する可能性はあります。そして、これはトランプ前大統領が引き起こしている問題とは言えません。トランプが大統領になる以前から分断はありました。アメリカのピュー・リサーチ・センターという研究組織が1994年から2014年までのアメリカでどれだけ分断が進行しているかというサーベイを発表しています。それによるとトランプが大統領になった2016年以前の、オバマ政権やブッシュ政権の頃から分断はどんどん進んできたことが分かります。

 

―ご著書で、「分断の本質は政策的意見が両極端に分かれていることそのものではなく、たとえ意見が違っていても相手は分別があり、話を聞かなければならない尊重すべき存在であるという態度がなくなっていること」とされていますが、X(旧Twitter)などのSNSはまさにそれを反映しているように見えます。実際2016年、2020年の大統領選挙ではX上でアメリカの市民を混乱させる多くの陰謀論が拡散されていました。

XのようなSNSはもちろん分断の加速に影響を与えていますが、メディアというのは一個のサービスだけでなくて複数のメディアが相互作用を起こしていって、陰謀論などが生み出されていきます。4chやSNS、口コミやテレビのニュース番組など複数のメディアの相乗効果で起きている問題なので、一個のサービスを止めたから止められるような話では無いのです。日本について言えば、表現の自由は憲法で確保されているから、簡単に政府が規制することはできません、ただSNSのコンテンツのモデレーションの質を上げていくような共同規制のような、政府だけではなく民間の力を使った仕組みを考えていく必要はあると思います。まさにそれこそ法学部の人たちに考えていってほしいことですね。

 

—法学部の学生に考えてほしいとおっしゃられましたが、「なめらかな社会を実現するために、慶應生にとって市民レベル、個人レベルで必要な人格、能力を養うためにはどのようなことが可能だとお考えでしょうか。鈴木さんの学生時代のエピソードなども踏まえて、最後にいただけますか。

人間色々な人がいて、学生にも「なめらかな社会」じゃない方が生きやすいという人もいるわけです。すでに適応している人もいるでしょう。けどやっぱりそこ世界に息苦しさを感じている人も逆に一定数いるじゃないですか。そういう人たちが枠にはまっている、はめられているっていう状況そのものをメタ認知して、そこと戦うのでも、諦めるのでもなく、枠を超えて逃げていく気になるといいと思います。

例えば法学部で単位を取って弁護士になるなり、いい会社に就職するという「枠」を大学からとか親から期待されるとか、色々あるじゃないですか、その時に息苦しくなった、逃げたいとなったら、そういうところから逃げていく勇気を持つことですね。他の学部の専門外の授業に潜るとか、そもそも慶應で単位もらう必要もないという感じでノンプロフィットの活動始めたり、バックパック旅行でも、逆に図書館に1ヶ月引きこもって誰とも話さない生活したりとか。大学生ってこうやって生活してこうやって就職しなければいけないとかいう、予定調和的なものに逆らって、自分がやりたいことを好きなだけやったらいいのではないですかね。学問には境界がないし、学問と実践の間にも境界はないし。

そして周りが持っている常識がやっぱり自分の常識になるわけですよ。そうすると、いる世界を変えるっていうのが、やっぱり一番変わるきっかけになる。慶應とかだと、多分いい会社に入れみたいな感じで、みんな就職活動頑張ってやると思うけどスタンフォード行くとみんな起業しているんです。今、パロアルトというスタンフォードの目の前の街で暮らしていますが、日本にからスタンフォードに来た人たちは、日本に戻ったらみんな起業しようとするんです。そういう意味で若い時に他の場所に行ってみると、いかに自分が影響に弱いか分かって、その中で自分にしっくりするものが生まれてくるものです。今いるディシプリンを守るのではなくて、自分がいかに変化していくことが楽しめるかっていうのが大事なんじゃないかな。いろんなディシプリンが世の中にあるのだし、ディシプリンを作るのも結局最後は自分たちなんですよ。

 

佐々木義継德永皓一郎