賑やかな日吉キャンパスの奥にひっそりと存在している矢上キャンパス。慶大理工学部の拠点であり、キャンパス内では日夜研究活動が盛んだ。しかし、そこで行われている研究や、理工学部の実態について知っている人は意外と少ないのではないだろうか。この連載では、慶大理工学部の現状についてさまざまな観点から見ていきたい。
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前回に引き続いて研究紹介ということで、今回は物理情報工学科の小池康博教授にお話を伺った。
小池教授は紫綬褒章を受章するなど、世界で大きな活躍をしている。専門分野は「フォトニクスポリマー」という、フォトニクス分野とポリマー(プラスチックをはじめとした高分子物質)の物質科学が融合したものである。
小池教授がこの分野に入り込むきっかけとなったのは、教授が最も尊敬する人物という故・大塚教授との出会いである。当時大塚研究室で研究されていた、棒状のポリマーの中を蛇行して進んでいく光を見て、光が曲がることに疑問をもった小池教授。その原理について、大塚教授が自身の専門の高分子化学の領域を超えた内容も含めて説明をしてくれたことによって、小池教授がフォトニクスポリマーの領域にのめり込んでいくきっかけとなったのである。
小池教授が開発したものとして、情報伝達速度が世界最速のプラスチック光ファイバー(POF)がある。POFにはガラス光ファイバーに比べて大きな柔軟性を持つため、曲げやすいというメリットはあったものの、光の散乱損失が多く、数㍍しか光信号を送れないというデメリットがあった。小池教授は「いかに光散乱を低減するか」を目標に、ポリマーの屈折率分布などの研究を重ね、数㍍だったPOFの伝送距離を100㍍ほどまでに伸ばすことに成功した。
また、POFの開発の発想である「光散乱を低減させる」とは真逆の「いかに光を効率よく特定方向に散乱させるか」という考え方から開発されたものとして「光散乱導光ポリマー」がある。これは従来の液晶バックライトの約2倍の明るさを出すことができ、ソニーのバイオをはじめとした各社のノートパソコンの液晶バックライトに搭載されてきている。
これらの研究は一見関連のないように見えるが、「二つの研究における根っこは同じであり、光散乱の両極端な例としてこれらが生まれた」と話す。
昨年3月に発生した東日本大震災の際、多くの人が身近な人と連絡が取れないという状況を私たちは目の当たりにした。それを踏まえて小池教授は、「個と個がいつでも繋がることができる社会を作りたい」と話す。先に紹介したPOFは、その柔軟性を生かして家の中、車の中などの細かな場所に高速通信の一端を配置することができる。太平洋を横断するケーブルを大動脈とすれば、POFは毛細血管のようなもの。しかし、人間においても毛細血管は無駄なものではなく、体の隅々にまで栄養などを届ける大事なもの。情報通信の毛細血管となるPOFを日本列島の中にくまなく広げていくことで、日本中の個人個人がいつでも繋がることができる世の中というのが小池教授が創ろうとする未来なのである。
(小林知弘)