落語や能、狂言や浄瑠璃。そんな日本の伝統芸能を知らない人はいないだろう。しかし、実際目にしたことがある人、日本の文化として紹介する自信のある人はあまりいないのではないだろうか。近いようであり、なんとなく遠くに感じてしまいがちな伝統芸能。今回はその中の1つ、「歌舞伎」を紹介したい。
(富永真樹)
日本の伝統芸能と聞いて、歌舞伎を思い浮かべる人も多いだろう。独特の隈取や艶やかな衣装、工夫を凝らした舞台装置。日本の重要無形文化財であり、来年には世界無形遺産にも登録される予定だという。そんな歌舞伎を誇りに思いながらも、自分には理解できる気がしない。興味はあっても、敷居の高いもののように感じてしまい足が向かない。そうした言葉をよく耳にする。記者自身も同様の考えのために進んで関わろうとはしなかった。だが今回鑑賞を通して、歌舞伎に対して抱いていたイメージは大きく変わったように思う。
今回鑑賞したのは、歌舞伎座で行われた「七月大歌舞伎」の夜の部「夜叉ケ池・高野聖」。泉鏡花による同名の幻想小説を原作とした創作である。後半の『高野聖』には世界で高く評価されている女方の坂東玉三郎、様々な方面での活躍を見せる市川海老蔵が出演する。歌舞伎界の大御所が出演するだけありチケットも値が張るのではと思いがちだが、2千5百円から鑑賞が可能だ。当日販売はもちろんインターネットでの販売も行われており、興味のある演目を気軽に、そして確実に鑑賞することができる。
しかしチケットは簡単に買うことができても、慣れない者にとっては居心地の悪い雰囲気ではないのだろうか。そう心配していたものの、歌舞伎座に着くとそんなことも忘れてしまう。表の趣き深い姿。そして内の活気溢れる様子。様々な店が並び、幅広い年齢層の客で賑わっている。開演前、もしくは幕の間に歌舞伎座の中を探索してみるのもよいだろう。賑やかな空気に、きっと心が浮き立つはずだ。
そしてついに開演。驚いたのは、歌舞伎の台詞は分かりにくいとばかり思い込んでいたのが、全くの間違いであったことだ。比較的新しい演目であることもあり、演劇を見るのと同様に舞台を楽しむことができた。おどけた演技に笑い、美しい台詞を噛み締める。気がつくと、歌舞伎の生み出す世界にすっかり引き込まれているのだ。坂東玉三郎の流れるような美しい動き。市川海老蔵のよく通る爽やかな声。この2人を中心に創りだされる鏡花の夢幻は、小説とはまた違った趣を感じさせてくれた。
近寄り難いと思っていた歌舞伎は、実はずっと親しみやすいものであった。少しでも興味を抱いていたら、思いきって歌舞伎の世界を覗いてみるべきだ。もっと歌舞伎を知りたい、歌舞伎座を後にしながら、あなたもそう感じることだろう。