凛とした立ち姿が美しい。着物をまとう女性は緑色の瞳をしている。彼女の名前は紗幸。400年の歴史を誇る花柳界で外国人として初めて芸者になった。
紗幸さんは慶應義塾大学文学部卒業。慶大では初めてとなる白人女性の塾生だった。日本人ばかりの大教室に入ると外国人である自分に皆が振り返った。「教授が授業を中断し、英語で道を間違えたのではと聞かれることもしばしば。間違えて迷い込んできたと勘違いされたみたいです」と当時を思い出し、笑う。「いつでも第一号は大変なんです」
塾生時代は日本文化に興味は全くなかった。自由に学生時代を謳歌し、趣味のフルートを活かしてバイトをしていた。
慶大卒業後、金融業界に就職。しかし会社勤めに違和感を感じ始める。「自分にとって本当に向いていることは何だろう」。転機を求め、単身オックスフォード大学に留学し、MBA並びに社会人類学の博士号を取得した。その時にフィールドワークの大切さを知る。「実際に現場に赴き、体験することは自分には非常に合っていました」。その気付きから、自身が体感してきたことを広げる活動をしようと、ドキュメンタリー番組を制作することを志した紗幸さん。一転、フリーディレクターとなり、国内外のテレビ局に次々と番組の企画書を出していた。
その中で、ある一つの企画書が海外テレビ局の目に留まった。テーマは日本の花柳界について。「GEISHAといえば外国人からの関心も高く、人気がある。それならば実際に花柳界に入って、その中から見た芸者を取り上げよう思った」。始めは番組を作るため芸者を志した紗幸さん。しかし厳しい修行の中で、次第に芸者として一人前になることが目標となっていた。
400年の歴史を誇る花柳界で初の外国籍芸者となる「紗幸」の誕生。2007年12月、多くの人の力添えもあり、晴れて浅草にて芸者デビューを果たした。
現在は芸者として「芸」にいそしむ傍ら、花柳界の活性化にも取り組む紗幸さん。「日本女性が着物をあまり着ないのは残念なこと。私が経営する着物店、『紗幸のきもの屋』では初心者でも簡単に付けられる帯を販売して、もっと手軽に着物を着つけられるようにしています」。また、慶大内でも学部を問わず受講できる「GEISHA」という講義を開講しており、着物文化を身近に感じてもらおうと試みている。
それと並行し、自身の修業時代の経験を生かして、芸者を目指す若い女性が修行と仕事を両立できるビジネスインターン制度を運営する紗幸さん。「芸者の修行時代はアルバイトもできず、経済的に不安定だった。インターン制度を採用することで、修行の合間に仕事が出来る。経済的負担も減らせるし、社会経験も身につく」と熱く語る。
紗幸さんは「芸者」という日本古来の伝統の中に、新しい風を取り入れようと日々奮闘する。その行動力の源とは。
「その世界に一度入ってしまえば、後は頑張るしかなかった。芸者は芸術家。日本の誇れる文化の一つであり、失われつつある世界を守る大事な人たちです。そこに誇りを持っています」と仕事に対する情熱を話す。
昨今の不安定な社会情勢の中で、塾生は何に自らの価値観を委ねたらよいのだろう。「学生生活のなかでは好きなことをやればいい。さまざまなことに取り組むことによって自分の好きなこと、向いてることが見えてくる。今の社会で安定や安心を求めても駄目。『好きこそ物の上手なれ』です」
大学でも花柳界でも「第一号」だった。フリーディレクターとしてテレビ業界にも飛び込んだ。考え過ぎたら何もできなくなる。「自分がすると決めたことをただ一生懸命取り組むだけ」がすべての行動につながる信念だ。「花柳界に入ってきた女性は仕事をしているうちに次第に美しい女性になっていきます。早く若い芸者衆を連れて海外のお仕事をしたいですね」。そう笑顔で将来の夢を話す紗幸さん。飽くなき向上心と好奇心をたたえた目はただまっすぐ前だけを見据えていた。
(米田円)
ビジネスインターンに興味のある方はこちらまでhttp://www.sayuki.net/ja/
写真は紗幸さん提供