世界中のエリートたちが集まるというアメリカの名門大学。しかしその教育の実態はあまり知られていない。むしろ「サンデル教授」や「なんとなくすごそう」というイメージばかりが先行して語られがちだ。
そんな中、出版されたのが『米国製エリートは本当にすごいのか?』(東洋経済新報社)。実際にスタンフォードで学んだ若手記者が、自身の経験と独自の取材をもとに「エリート教育」の実像に迫る。
著者は『週刊東洋経済』編集部の佐々木紀彦氏。2007年に休職して、スタンフォード大学大学院に入学した。「海外の大学院に行くことは、もう大学時代から決めていましたね」と話す。
スタンフォードは大学時代の夏休みに訪れて以来、憧れの地。2年間かけて国際政治経済学を学べるというプログラムも魅力的だった。しかし、いざ入学してみると学生の膨大な読書量などに驚く一方、アメリカの一流大学の「すごくないところ」にも気付いた。
日本はアメリカのエリート教育の何を学ぶべきで、何を学ぶべきではないのか。そんな問題意識が本書全体を貫く。個人的な体験談だけでなく、教育制度の比較論や国際政治の入門書としての内容も盛り込んだ。「今は明治時代じゃないですからね。単なる『留学記』にはしたくありませんでした」
執筆にあたって意識したテーマは「硬い内容をとことん面白く」。雑誌記者としての経験も活かし、肩の凝らないエリート論を目指した。その甲斐あってか、売れ行きは好調だ。
慶大出身の塾員でもある佐々木氏。本書を書きあげた今、「未来への先導者」育成を掲げる慶大の教育についてどのように考えているのだろうか。
高校時代、周囲の多くが地元の国立大学を志望する中、SFCを第一志望とした。「ほかの大学や学部にない学際性などに惹かれ入学しましたが、はじめの印象は『期待はずれ』。予備校の授業の方が面白かったと感じていました」と振り返る。
転機が訪れたのは2年生の秋学期。竹中平蔵氏の研究会に入り世界が一変した。「授業の質はワールドクラス。スタンフォードにも劣らない。途端に学問が面白くなり、自ら進んで経済学を学ぶようになりました。そういう点で自分が慶應で受けた教育には満足しています」
だが、慶大を含む日本の大学の現状を全面的に肯定している訳ではない。特にアメリカの教育と比べ「自ら仮説を立て、それを検証・修正していく」訓練の場になっていないと指摘する。原因として佐々木さんが挙げるのは「少人数による議論の場の少なさ」と「教員側の姿勢」だ。
特に後者について「教育者の教育」にもっと力を入れるべきだと語る。「『授業公開期間』を設けた京都の堀川高校のように、教員が『教え方』を互いに共有・工夫し合うだけでもかなり変わるはず。学生による授業評価もより大々的に実施し、企業も含めた外部へ積極的に公開してはどうでしょうか」
鍵となるのは、双方向の働きかけ。ただ海の向こうの大学との落差にため息をつくのではなく、それぞれの教員と学生が協働してこそ質の高い教育が実現するのだろう。
(花田亮輔)