最近、子供のころの感動を忘れているきがします。なんか懐かしくて胸がキュンとなるようなことありませんか。(文2男)
所員N(文2男)は所長に依頼を申し出た。「これ、どうすればいいですかね」。「そんなの知るか。お前なんかしてこい」と、いつもの調子で所長に命令されてしまった。
「そんな無茶な依頼あるかアホ」とNは思いつつも、所員K(文3女)に相談してみた。
「昔はよくやったよね、缶蹴りとかどろけいとか、糸電話とか」「そうっすね。糸電話?その単語、ここ十数年聞いてない気がします。懐かしい」「それにしても、国境を越えた恋とかしてみたい」。Nは意味が分からないと思いながらも、「いいっすね。そういうのって、想像するだけでも胸がキュンってしますよね」と思ってもいないことを口にする。
支離滅裂な会話を終えて帰宅途中、ふとさっきの依頼を思い出したN。多摩川の土手に腰をおろして、それからKとの雑談を思い出す。懐かしくて胸がキュンとなるようなこと、糸電話、国境を越える。多摩川って、東京と神奈川の県境だっけ。
「そうだ、多摩川を挟んで糸電話をしよう!」
早速、所員M(経2男)に電話した。
「タコ糸と紙コップを買って、精鋭部隊を何人か集めてきてくれ」
約2時間後、所員たちが到着した。大の男が10人、多摩川にカメラを持ち怪しげな小道具をもっている姿は明らかに異様である。野次馬チックな高校生たちも集まっている。1年が「何の撮影ですか」と目を輝かせて訪ねてきた。
「これから多摩川を挟んで糸電話をします」。Nは堂々と発表するも、ブーイングの嵐。「えー、UFOの撮影じゃないの?」「つまらないから帰る」「おごってもらえると思ったから来たのに」「いい加減、彼女欲しい」。身勝手な発言をする所員を、Nはどうにか説得してプロジェクトが始まった。
周りの目なんて気にしない。すぐに、糸の片方を所員たちが対岸へ橋づたいに持って運ぶ。携帯電話に連絡が入る。
「糸電話しようとしてるのに携帯使うのってなんかおかしくね」とM。「おかしいのはお前の頭だ。セロハンテープ!」
「橋の下に降りられないっす」と所員K(文1男)からの連絡。「飛び降りろ」「まじっすか」「冗談だ」「先輩、Kが橋から飛び降りました!」
予期せぬアクシデントが起こりつつも、「作戦成功しました」との連絡が入る。いよいよ本番。両岸で糸を思いきり引っ張るように指示をして機を待つ。
ピン、糸が張った。Nは紙コップにそっと耳を当てる。「……聞こえる、何か聞こえる!」
所員たちの間に感動が巻き起こった。他の所員たちが糸電話を耳に当てても何か聞こえる。「長いと、糸電話って叫んでいるみたいに聞こえるんだね」
そのとき、Nは気付いた。あの声は糸を振動させて伝わってくる声ではなく、対岸から空気中を伝わってくる所員たちの雄たけびだということを……。
(トシ)