ぎんたま。慶應生なら誰でも一度は耳にし、目にしたことがあるだろう日吉駅のシンボルだ。朝、日吉キャンパスに通う慶大生は、「ぎんたま」の前を通って学校へ向かい、放課後は待ち合わせ場所として「ぎんたま」に集う。
「虚球自像(こきゅうじぞう)」。「ぎんたま」の愛称で親しまれるモニュメントの本来の名だ。1995年の日吉駅改装、東急の駅ビル建設に伴い置かれたもので、96年に横浜市街なみ景観賞を受賞した。
創作者は静岡県の彫刻家、三澤憲司氏。品川区大崎駅モニュメントなどの数々の芸術作品を手がけ、第一回国際彫刻展コンクール賞など多くの受賞経歴を持つ。今回は慶大シンボルの生みの親、三澤憲司氏にお話を伺った。
「日吉駅の中心に置かれるこのモニュメントは、駅の東西をつなぐ目的で作られたものです。東側に広がる慶大の広大なキャンパス、西側の商店街に繋がる放射線状の道路を結ぶ『へそ』として、人と人とをつなぐ。そんな想いを込めました」と話す。
また、虚球自像にはさらなる魅力が隠されている。
三澤氏は「この像を通して、自分がそこにいるということを感じてもらうことができる」と語る。虚球自像は、「五感を通して自分の存在を感じることのできる作品」なのだそうだ。
像に所々空いている大小さまざまな穴は「触覚」。両腕を通して自分自身と握手でき、その存在を感じることができる。像の中には沈香という香木が詰まっており、「嗅覚」でその匂いを感じることができる。中のパイプを通して耳をあて、反対側の音を聞くことで「聴覚」を、反射する銀色の表面で自分の姿を見たり、穴から反対側を見たりすることで「視覚」も意識できる。三澤氏によると、本当は舌を入れ「味覚」を感じるための穴も作りたかったそうだが、不衛生なので中止されたそうだ。
「意外に知られていないが、一番下の穴を夏至の日にのぞくと、太陽の光を見ることもできる。また、虚球自像の近くに立っていた学生の服が日光の反射により焦げてしまったことがあったので、一部だけ色を変える工夫も凝らした」と三澤氏。我々にとって普段、当たり前のようにそこにある「ぎんたま」には多くの工夫やメッセージが込められている。
また、虚球自像という名前にも深い意味があるそうだ。「虚像」、つまり自分には見えない世界にこそ、「自」、自分を感じて欲しいという想いが込められている。また、「自像」の部分は、「地蔵」ともかけられていると三澤氏は語る。「黄泉の国の案内人である地蔵のように人を導く存在であれば」と期待を込めた。
「彫刻はただ受身的に鑑賞するだけではつまらない。人々の主体性を大切にできる作品を作りたいと思った」と振り返る。「芸術は、人の中に宿るものだ」と語る三澤氏は、人々が参加できる作品を作ろうと意識したそうだ。
しかし三澤氏は「人々」によるマイナス面も懸念する。
「久しぶりに虚球自像を見たとき、ガムや指紋による表面の汚さに対して残念だと感じた。深い意味を持つ穴にも、タバコなどのゴミが入れられていて、人々のマナーの悪さを疑問に思った。公共の場にあるモニュメントだからこそ、清潔に保たれていたい」と話す。
「大学生は自由です。その分周りの雰囲気に流されやすく、『自分』を見失いがちになると思う。自分で責任を持って行動し、満足のいく大学生活を送るためにも、虚球自像と改めて触れ合い、『自分』を感じてみては」と慶大生にメッセージを送った。
(加藤早紀)