長引く不況と近年類を見ない大震災に襲われ、大きく変化していく現代の日本。今までとは一線を画する時代の中で、塾生たちにはどのような姿勢が求められるのだろうか。慶應義塾長で東日本大震災復興構想会議委員も務める清家篤塾長に塾生たちへのメッセージをいただいた。
「今回の未曾有の地震津波災害を受け、胸の塞がる思いです。犠牲になられた方々に深い哀悼の意を表し、現在も厳しい状況におられる被災地の方々には心からお見舞い申し上げます」。そう語った清家塾長は一方で、大学側の安否確認の結果、塾生全員が無事と確認でき、安堵しているという。
「慶應義塾創始者である福澤諭吉先生の時代にも三陸地方を大津波が襲いました。先生は困っている人を思いやる気持ちを『徳心』と呼び、義援金を募るなど救援活動に尽力されました」と福澤先生に関するエピソードを語り、今回も『徳心』を掲げて被災地が地元である学生に最大限支援していくとした。具体的には家族が被災した塾生の入学手続き・入学金支払いなどの猶予、学費減免、さまざまな奨学金の紹介をしていくなどの方策を示した。
経済状況が深刻化するなかで就職活動をしなければならない塾生へは『焦るな』というメッセージを送った清家塾長。「日本私立大学連盟として採用時期を遅らせる・内定取り消しをしないように働きかけるなど、学生が十分な勉強時間を確保できるように企業へ要請しています。また企業は必要とする人材は必ず採ります。慶大の学生はさまざまな方面から期待されていますので、それに応えられる人材になるためにも学業をきちんと修め、実力を養ってください」と話す。
加えて学事日程などに例年とは違った数々の変更点があり、不安を抱える新入生には笑顔で歓迎の言葉を送った。「大変な時期の入学となりましたが慶應義塾を代表して心より歓迎します。慶大の入試をくぐり抜けてきた新入生の諸君は日本の未来を切り開く能力があると信じています。大学側もその能力を必ず身に付けられるようにしますので、期待してしっかり学んでほしいです」。
環境問題や高齢化社会による人口減少などさまざまな困難を抱えた現代。もはや現在は過去の延長線上で物事を考えることや問題を解決することは難しくなっている。
清家塾長は、福澤先生の著書『文明論之概略』から『恰も一身にして二生を経るが如く』と引用し、「福澤先生は、幕末から近代へと移り変わる激動の時代を、一人の人間が二つの人生を生きているようなものと表現しました。この変化の時代に福澤先生が何よりも頼りにしたのは学問でした」と続けた。
そして「これからは新しい状況を自分の頭で理解し、その理解に基づいて問題を解決する、すなわち『自分の頭で考える能力』が求められます。問題を見つける、因果関係について仮説を論理的に考え、検証し、問題を解決する。このプロセスが重要なのです」と力説する。
最後に、塾生が大学時代にしておくべきことは、と問うと「第一に理系・文系に関係なく幅広い学門を学び、教養を身に付けてください。自分が理解していないことを明確にさせることは、自分の学ぶべきテーマを発見できる一歩となります」と清家塾長は答えた。
また、自分自身の力で研究をすることが大事と指摘する。高校までの受け身型の勉強とは違い、卒業論文を書くなどの試行錯誤は、自分の頭で考える最高のトレーニングになると話した。
「最後に部活動、サークルなどの課外活動を存分に楽しむこと。これは常に自分の頭で考える機会にもなります」。例えば、体育会系運動部の場合はどうしたら勝利を得られるか、文化系サークルではより良い作品を生み出すにはどうすればよいか、と常に自身の頭を使って結果を出す必要性を説く。
「人と協力したり、自分の意見を伝えたりすることを通して人間関係が育つことも課外活動の一つの魅力。OBや社会との繋がりができることも大切な財産となるでしょう」と続けた。
穏やかな口調と物腰で塾生へエールを送る清家塾長。しかしその言葉には、今を生きる塾生への熱い思いが込められていた。 (米田円)