「泣いてもいいけれど、涙に溺れては駄目よ」。波乱万丈な運命に敢然と立ち向かい、いつも自分の力で道を切り開く筆者を支えたのは、母のひとつひとつの言葉だった。
切れ者・完璧なエリート…、ジャーナリスト・櫻井よしこといえば独立した女性の代表格である。敗戦下に生まれ、まだ日本の状況すら整っていなかった時代に身一つで海外へ留学。帰国後、英クリスチャン・サイエンス・モニター紙東京支局などを経て1980年、ニュースキャスターという言葉自体がまだメジャーではなかった時代に、日本テレビ『NNNきょうの出来事』のメインキャスターとなった。以来、16年間に渡って同番組を担当、65歳になる現在でも日本を代表する言論人として多数の著書を執筆、あらゆる社会問題について自身の意見を発信し続けている。
その華麗なキャリアと深い知識に基づく怜悧な物言いからか、この本が出るまで多くの人は、彼女が育った環境にも恵まれた、生まれながらの才媛だと思っていた。そこで出版された自伝「何があっても大丈夫」が大反響を呼んだ。見目美しく、優雅で丁寧な物言い、それでいて「お上品爆弾」と形容されたように、どのような相手や話題にも物怖じせず鋭く切り込む「爆弾」のような発言で多くのファンを持つ彼女。その彼女がこんなにも数奇な人生を歩んでいるとは夢にも思わなかったのである。
偉大だと思っていた父親が愛人を作り、突然母と兄との3人で暮らすことになる筆者。養育費の支払いもおざなりになった極貧生活のなかでも天真爛漫な母に支えられる。入学金・学費の支払いが難しかった慶大文学部を中退し、単身海外へ。その後も父親との溝は埋まることなく、一切の援助なしに自活をしながらハワイ大学に通い続け自力で卒業をする。
この本は、櫻井よしこの半生を、彼女が尊敬してやまない母親のエピソードを中心に据えて描く。この本のもう一人の主役はこの母である。彼女は愛する夫の不義理にも関わらず、「幸せはね、みんなの前にあるの。見つけることが出来るかどうか、それは気持ち次第。神様はどんな人にも幸せになってほしいと思っていらっしゃる。だから、お父さんや相手の女の人も、皆幸せでいることがいいことなの」と全てのことに感謝する大切さを優しく教える。子ども2人を抱えて混乱期を生き抜く母は自らにも子どもたちにも言い続けた。「何があっても大丈夫。だから自信をもって進みなさい」。この言葉を支えに筆者は成長する。
この本を読むと自分がいかにまだまだ甘い世間知らずかを思い知らされる。例えば、帰国後に筆者がクリスチャン・サイエンス・モニター紙の東京支局長、エリザベス・ポンド氏の助手兼通訳として、ポンド氏が官僚に日本政府の不正を大声で叱責し官邸中を凍りつかせた発言を、ドスのきいた大声でそのまま通訳するシーンなどは圧巻である。
華々しくキャリアを積む裏に幾多もの困難に直面した彼女。その度に母の言葉ひとつひとつを思い出し、乗り越えていく。
近年類を見ない大災害に見舞われた日本。国の雰囲気自体がしょげかえり、これからも復興に向けて困難が待ち受けているだろう。しかし、「幾多の困難を乗り越えてきた日本人なら大丈夫」と海外から期待する声も耳にする。前向きに生きなくてはならない現実に直面している日本に向かっても、著者の母は本書のこの言葉をかけるだろう。
「寂しい想いに沈み込みそうになったら、未来への夢を膨らませなさい。寂しさを、未来の可能性に繋げて。人間は前向きになってさえいれば、本当に何があっても大丈夫なのですから」。
(西村綾華)