学生時代にパチンコや競馬といったギャンブルにはまり、依存し始める人は少なくない。ギャンブル依存の背景にある行動経済理論と最新の医学研究成果に迫った。
人間の意思決定は、選択肢の「価値」と「確率」で決まる。各選択肢の「価値」を予想したうえで、その予想が当たる「確率」がある程度高くなければ選択しないのが、合理的な意思決定だ。意思決定の合理性は、経済学では前提事項となっている。
年末にジャンボ宝くじを買った人もいるだろう。宝くじは当たる確率が極端に低い。1枚300円のジャンボ宝くじの場合、賭け金に対して戻ってくる見込みの金額である期待値は、半分の150円程度に過ぎない。
宝くじを買うことは、非合理的な意思決定である。毎年多くの人が宝くじを求めて店頭に列を作るという現象は、従来の経済理論では十分に説明できなかった。
ではなぜ人々は、宝くじを喜んで購入し、ギャンブルを楽しむのか。医学部精神神経科の加藤元一郎准教授は、情動が確率を歪めて見積もらせるためだと説明する。「人間は完璧に合理的には行動しない。宝くじを買うのは、ホープやウォントといった情動によって、宝くじの非常に低い当選確率を実際よりも高めに見積もり、当たることを期待するから」だという。
近年興隆してきた行動経済学では、人には低い確率ほどその確率を高めに見積もり、高い確率ほど低く見積もる傾向があることが実験的に判明し、新たな経済理論として提唱されている。
医学では、報酬の処理にかかわる神経伝達物質である脳内のドーパミン系が、確率を歪めて見積もる意思決定にかかわっている可能性が推定されてきたが、科学的に証明されてはいなかった。
しかし先月8日、独立行政法人放射線医学総合研究所などの共同研究により、確率を歪めて見積もる意思決定に脳内線条体ドーパミン系が関与していることが判明。北米神経科学会誌に報告された。 健常者を対象に意思決定に関する認知テストを行い、さらに脳内分子イメージングによる画像処理を行った結果、脳の線条体という部位のドーパミンD1受容体の密度が低い人ほど、低い確率を高く見積もり、高い確率を低く見積もる傾向がより強いという関係が示されたのである。
加藤氏は「特にドーパミンD1受容体の密度が低い人は、低い確率を高く見積もって投資する行動を繰り返し、ギャンブラーになってしまう可能性が高い」と指摘する。
また、線条体でドーパミンD1受容体の密度が低いと、ドーパミン系の神経伝達が変化し、結果として報酬予測についての判断が異常となり、依存症につながることも推測されている。しかし、脳の機能は複雑であり、なおも未知の部分が多いようだ。
非合理的な意思決定は、人間らしい社会生活を営むうえで重要ではあるが、度を超すと意思決定障害に至る恐れもある。医学の新たな境地を開くため、経済学と脳科学との共同の歩みは続く。
(小柳響子)