『長くつ下のピッピ』、『ニルスのふしぎな旅』、『ロッタちゃん』シリーズ。これらは全てスウェーデンで生まれた本だ。読んだことのある人も多いのではないだろうか。そんな北欧の児童文学を翻訳しているのが、翻訳家の菱木晃子さんだ。
菱木さんは幼い頃に読んだ『ベニスの商人』の影響を受けて裁判官になりたいと夢を抱き、法学部法律学科に入学。一方で「日本語を書く仕事がしたい」という漠然とした思いも抱えていた。
菱木さんがスウェーデンを初めて訪れたのは、大学3年の夏。母親が亡くなり、家で過ごすばかりでは気が滅入るため、気晴らしにスウェーデン法の教授である父の仕事に同行した。
「この国は肌が合う」。スウェーデンで過ごすうち、菱木さんはそう感じてきた。そんなある日、たまたま立ち寄った本屋に、子どもの頃に父がスウェーデンから送ってくれたものと同じ絵本が並んでいた。「子どもの頃読んでいた本が、未だに本屋で売られていることに感動しました。そして、まだ日本に紹介されていない本もたくさん並んでいるのを目にして初めて、スウェーデンの本を訳すことをやりたいと思いました」
帰国後、父に教わりスウェーデン語を勉強。翻訳家になるためには文学の基礎が必要だと感じた菱木さんは、文学部英米文学専攻へ学士入学した。
大学卒業後はスウェーデンへ語学留学。帰国後は翻訳のアルバイトの傍ら、自身で翻訳した児童書を出版社へ売り込み続けた。そして28歳の年、翻訳家として初の絵本『サーカスなんてやーめた』が出版された。
スウェーデンの本の魅力は何か。菱木さんは「スウェーデン人は子どもも一人の人間として考え、子どもの個性を尊重しようとします。だから、スウェーデンの子どもの本は子どもに媚びず、人間のいい面と悪い面がストレートに描かれている。社会のいろいろな問題も含めて子どもの本にも書いていこう、という姿勢が好きです」と語った。
子どもは難しい「文学作品」を読むことができない。だが、児童文学ならば子ども時代も大人になってからも何度も繰り返し読むことができる。菱木さんはそこが魅力だと語り、こう続けた。「本物の子どもの本は大人になって読み返しても訴える物がある。そんな本を訳したかったんです。そして、本にまつわるさまざまな思い出は年を取った時に宝物になります」
本を読むのが好き。日本語を書くのが好き。そしてスウェーデンが好き。菱木さんは、今の仕事を「天職」だと語る。「自分で天職だと胸を張って言える仕事を生業にできることはすごく幸せだと思います」と笑った。
(大竹純平)