深町優雨(ふかまち・ゆう)さん(総3)は、高校から現在にかけて、地元島根で地域活性化プロジェクトに取り組む。
深町さんはKADOKAWAとドワンゴが運営する通信制高校「学校法人角川ドワンゴ学園 N高等学校」(以下N高)を卒業している。N高とは、通学が必要な全日制高校や定時制高校に対し、在宅でのリモートの課題提出とスクーリングで高卒資格が取得可能な高校だ。
N高時代に取り組んだプロジェクトについて聞いた。
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飛び込んだ「N高進学」という選択肢
中学時代、深町さんの家庭は経済的に余裕がある状態ではなく、また、家は都心から遠く離れていたという。
「高校進学を検討する時期になった時、私の選択肢は、地元の公立高校か、水産高校か、あるいは、実家の農家を継ぐか、でした。そんなとき、偶然目に飛び込んできたのがN高の説明会でした」
「これは新しい選択肢になるかもしれない」そう考えた深町さんは説明会へ足を運んだ。オンライン授業なら世界が広まり、自分がしたいことを後押ししてくれるのではないか。そんな期待に胸が膨らみ、N高への入学を決意したという。
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家庭菜園で地域を繋げる―地元島根の活性化に向けて
同級生たちとはオンラインでの交流が主、という特性上、対面での体育祭や部活といったイベントはなかったという。それでも深町さんは入学を後悔したことは一度もない。
「私は高校時代の3年間を『N/S高マイプロジェクト部』に費やしてきました。N/S高マイプロジェクト部とは、身近な課題解決を目標とする、N高独特の課外授業です。
地元の島根県での深刻な過疎化を憂いていた私は、人口を増やすための方法を考えていました。
市役所や公民館などに足を運び、担当者から話を聞くうちに、本当の問題は島根に移住した人達が定住しにくいことにあると気付きました」
「地元住民と移住者の間にあるわだかまりは何だろうか」と考えた深町さんは、その原因が移住者たちを受け入れる居場所がないことだと考えた。
地元住民と移住者の架け橋となるような居場所を、自分の手で作りたい。一念発起した深町さんはあるイベントを企画した。その名も「みんなの家庭菜園」。畑の野菜を地域住民みんなで収穫、調理し、一緒に食べるという活動だ。
そのために深町さんは、両親から耕作放置地を借り入れ、自分の手で耕し、農作物を植えた。またイベントの認知度を広めるため、地元周辺で同じような取り組みをしている人たちと繋がり、じわじわと支持を拡大していった。
地道な活動は功を奏し、地元雑誌に活動が取り上げられた。それをきっかけに知名度が高まり、最終的にテレビの取材を受けるまでになった。
しかし華々しい成果を得た広報活動も、その過程は苦難の連続だったそうだ。
「苦しい時もありました。しかし、両親をはじめとする周囲の協力を得られているのにそれを無碍にすることはできないという気持ちがありました。やらなければならないことに忙殺されて、落ち込む暇さえありませんでした」
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「価値あるものを魅力的に伝えたい」
「どんなに素晴らしい考えを持って活動に取り組んでいても、それが周囲に理解されなければ意味がない。高校時代の活動を通し、痛いほど実感しました」
「価値あるものを魅力的に伝えたい」と考えた深町さんは、メディアに興味を持ち始めるようになったという。
現在はSFCのメディアサークルである「SFC CLIP」の代表を務める。また、メディア関連の就職を志しているそうだ。
将来を決定づけるほどの有意義な3年間を過ごした深町さんは、N/S高マイプロジェクト部での経験を活かし、コンテンツ・ツーリズム(文学、映画、アニメなどの作品にちなんだ場所を観光すること。いわゆる「聖地巡礼」を指す)の研究に勤しんでいるそうだ。
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地域のみんなで勝ち取った慶應合格
N高からの慶大入学について、深町さんはこう話す。「もちろん自分の努力の成果でもありますが、それ以上に、自分の意見をじっくり聞いてくれた両親や先生、また、『N/S高マイプロジェクト部』に協力・参加してくださった地域の方々のおかげです。慶應に受かった、と話した途端、地元はお祭り騒ぎになりました。感謝の気持ちで一杯です」
「私は通信制高校に入学したことで充実した高校生活を送ることができました。高校3年間は間違いなく今の私を形作っているかけがえのないものです。」
2020年のコロナ禍以降、リモートでの仕事や学習は急速に浸透した。多様な生き方が許容されつつある現代において、N高出身者である深町さんはその一つの道標を示してくれたのかもしれない。
(前田颯人)