イノベーション推進本部は知的財産の活用支援・スタートアップ支援を担当

ーイノベーション推進本部ではではどのような目標のために、どのような活動を具体的にされているのでしょうか。

イノベーション推進本部は、慶応義塾大学の教育・研究成果を社会に広く届けるための組織です。慶應義塾全体の教育や研究の成果を、社会へ効果的に届け、社会実装を達成することが目標です。

本部の具体的な活動として、まず知的財産の活用支援が挙げられます。慶應の多くの研究者が特許を出願していますが、それだけでは社会に実装されません。イノベーション推進本部では、特許を企業にライセンス提供したり、大手企業との共同の研究開発の実施を支援したりすることで、特許技術の商業化や製品化を推進しています。また慶應義塾発のスタートアップ企業に特許を移転することも積極的に行っています。

さらに、スタートアップ支援も重要な柱の一つです。慶應の教職員や学生が自主的に起業するケースが増えており、本部はこれを積極的に支援しています。市場調査や事業計画、法人化や資金調達に関する活動支援など、スタートアップの起業やその後の成長に繋がる幅広いサポートを提供しています。また、起業準備もしくは起業初期段階での起業家や支援人材の紹介、顧客企業やベンチャーキャピタルの紹介、アクセラレーションプログラムの紹介など、スタートアップのニーズに応じた多様な支援を行っています。

 

ー慶應発のベンチャーやスタートアップ企業は高く評価される傾向がありますが、慶應の環境とスタートアップの相性についてお伺いしたいです。

慶應のスタートアップの特徴として、学生の起業家精神の高さが特に注目されます。 全国平均では大学発のスタートアップのうち学生起業の割合が25%前後であるのに対し、慶應では約半数が学生によるスタートアップです。慶應の学生は社会に貢献したい、自分たちのアイデアや行動で何かを成し遂げて人の役に立ちたいと思う人が多いです。内部進学の学生も、大学から入ってくる学生も、教職員の方も含めて、総じてアントレプレナーシップを持っている割合が高く、自分たちのアイデアで社会を変えようという意識が強いと感じます。

 

ーやりたいものがわからない段階から、実際に起業して社会に貢献するために行動を起こす段階の間にあるものとは何でしょうか。

学生の起業が多い湘南藤沢キャンパスの卒業生の話によると、内部進学の学生やAO入試で入学してくる学生には、最初から何かを成し遂げたいという強い意思を持つ人が多いそうです。時間が経つにつれ、他の学生もその影響を受けて行動を起こしたくなり、「何かをやっていないと焦る」と感じることもあるとのこと。学生同士が刺激を与え合うこともありますし、ゼミの先生の影響も大きいのではないでしょうか。さらに、独立自尊、実学の精神といった慶應義塾の教育理念が学生に広く認識されていることも、アントレプレナーシップの醸成に寄与していると考えられます。

 

ーどのような関係性の人と一緒に起業することが多いのでしょうか。

複数人で起業する人が多いです。1人で起業し、社員がいないということもありますが、事業を大きくし、社会にインパクトを残そうとするとどうしても仲間が必要になります。慶應内での起業では、同級生や先輩後輩とチームを組んで起業するケースをよく見かけます。

 

起業は「社会問題を解決するための手段」

ー起業の成功、失敗の要因はそれぞれ何が考えられるでしょうか。

一般的に、失敗は起業において避けらないものです。大企業に買収されたり、上場したりといったイグジットに成功するよりも途中で挫折する割合の方が高いのです。例えば、起業して5年続く確率が約半数という統計もあります。起業を成功させるためには、会社が誰のどのような課題を解決するために立ち上がったのか、どのような社会的な変化を目指しているのかが明確であることが重要です。
また、会社の創業において、協力してくれるメンバーを見つけるためには、創業者の熱意や人間性も、協力者を見つける上で大切な要素です。特に、他の人を巻き込むには、創業者が強い意志を持ち、それをしっかり伝えられることが求められます。協力者は創業者とともに多くの時間を費やすため、創業者のアイデアや思いに共感できることが重要です。また、チームや組織で働く際には、他者を尊重するソーシャルスキルも必要です。創業者が自分だけを優先し、他者を「手伝い役」として扱うと、チームの士気が下がり、結果として事業はうまくいきません。カリスマ性のあるリーダーが強い求心力を持って引っ張るケースもありますが、そういった場合でも、メンバーが気持ちよく働ける環境を整えることが必要です。

 

先ほども述べたように、慶應の教職員や学生の中には、社会に貢献したいという強い意欲を持っている人が多いです。みんな、自分の研究や活動が世の中の役に立つことを望んでいます。でも、いざ「自分が起業するか?」と問われると、そこから一歩踏み出す人は少なくなります。特に「起業」や「スタートアップ」という言葉を聞くと、多くの人が「お金儲け」というイメージを抱くようです。そのため、「それは大学でやることじゃない」と感じる人も少なくありません。しかし実際には、起業は社会課題を解決するための一つの手段にすぎません。そして、それが成功すれば結果的に利益が生まれることもある、という順序です。起業の目的はお金儲けではなく、社会を良くするための行動であるという意識をもっと広める必要があると考えています。

このために、起業に対してもっと前向きな文化を育てたいと考えています。研究者や教職員にも無理に起業してほしいわけではありませんが、自分たちの研究や成果が社会に届くように、チームを組んで事業化を支える体制を作りたいと思います。このようなマインドセットが広まることで、大学全体が社会に対してより大きな貢献ができるようになると信じています。また、学生たちにもそうした考え方を伝えていきたいです。
今、企業の中でもイントレプレナーシップ(社内起業家精神)が非常に重要視されていて、会社の中で新しい事業を生み出す力が求められています。そのため、たとえ会社に就職したとしても、このマインドを持って働くことで新しい価値を創造できるはずです。さらに、異なる分野や価値観を持つ人と協力するスキルを学生時代に身につけておくと、社会に出てから失敗しにくくなります。新しいことに挑戦する際には、他の分野の人と協力することが多くなるので、相手の価値観を理解し、信頼関係を築くスキルが必要です。そうでないと、相手に「自分の利益だけを考えている」と思われ、協力が得られなくなる可能性があります。
ですから、学生のうちに異なるバックグラウンドを持つ人たちと積極的に協力して、新しいものを生み出す経験をしてほしいです。こうしたスキルやマインドセットが、社会に出た際の大きな強みになると確信しています。

「学びを行動に移してほしい」

ー最後に、慶應の学生に向けてメッセージをお願いします。

学生時代に出会う教授や先輩、仲間との学びや経験は非常に貴重で、その学びを行動に移してほしいと思います。学生時代の挑戦は、社会人になってからの挑戦よりもハードルが低く、たとえ失敗しても成功への過程だと捉えてほしいです。社会人になるとさらに忙しくなり、学生の時ほど自由に挑戦する時間は限られます。アントレプレナーシップの精神をもって、学生時代にこそさまざまなことにチャレンジしてほしいです。

 

小塩啓太郎