ガザでの本格的な戦闘が始まって9か月以上が過ぎ、世間ではパレスチナ問題への関心が徐々に薄れつつある。そこで塾生新聞会は慶應義塾大学法学部政治学科教授であり、中東政治、難民問題が専門の錦田愛子教授に取材した。

「ハマス殲滅」発言の背景は

―ハマス・イスラエル間の戦闘が続いています。ネタニヤフ首相は米議会で「ハマスを殲滅するまで戦い続ける」という発言をしましたが、これにはどのような背景があるのでしょうか。

そもそも、組織としてのハマスの殲滅は不可能です。ハマスの幹部はガザだけでなく現在仲介国であるカタールにもいて、手が出しづらい状況にあります。また今の指導部を殺しても、代わりの人物が出てくるからです。ではなぜネタニヤフは「殲滅」という言葉を使うのか。それは「ハマスに対して断固とした姿勢で臨む」というメッセージをイスラエル国内に伝えるためです。他方で、今の政権には過激な右派の閣僚も含まれ、ネタニヤフが穏健な政策をとれば政権を維持できなくなるという背景もあります。

なぜ戦争が終わらないのか

―ネタニヤフ政権が戦争を続けている理由は何でしょうか。10月7日の襲撃を防げなかった失敗を埋め合わせるためでしょうか。

戦争をすることで国内を団結させ、10月7日の襲撃を防げなかった責任から目をそらさせるというのは、ネタニヤフの当初の狙いだったと思います。一日で千人以上の犠牲者を出したのはイスラエル史上初ですから。大規模な攻撃をして、トンネルを暴いて軍隊が入り、人質を一斉に奪還するというのが望ましいシナリオだったのでしょう。しかし、実際には人質をなかなか解放できませんでした。国際社会の関心が薄れる中、イスラエル軍はガザ地区全土でずるずると攻撃を続け、パレスチナ人には3万9千人以上の死者が出ています。一方で、イスラエル国内では、人質を解放できないネタニヤフ政権に対して、批判の声が高まっています。

アメリカ大統領選挙の影響も考えられます。トランプが大統領になれば、バイデンと異なり、人道的観点から懸念を表明したり、イスラエルに自制を求めたりはあまりしないでしょう。ネタニヤフは戦闘を続けながら、その日を待ちたいのかもしれません。

―ネタニヤフ政権の支持率が、戦争をやっていながら低いのは、人道的な観点からガザ戦争に反対する人が多いからなのだと思っていました。人質を解放できていないことが批判のポイントになっているのですね。

そうですね。イスラエルは戦争の当事者なので、敵方であるパレスチナ側に多くの犠牲者を出していること自体は、政権への不支持にはつながりません。

やはり自国民の人質が解放されていないこと、また戦闘でイスラエル側にも死者が出ていることに対しての批判が大半を占めています。

 

「非暴力」には限界も

―日本国内のメディアではこの紛争に関して、「暴力の連鎖」といった表現のように、主語をぼやかして報道するところも多いですが、それに関してはどうお考えでしょうか。

これは、日本に特徴的な表現の仕方だと思います。絶対平和主義、つまり暴力を使うこと自体を否定し、攻撃をする双方をよくないものとする評価が日本ではよくみられます。それは戦後、日本が武装解除され平和憲法を持った過程で、武力はとにかくよくない、という考え方が根付いたからなのではないかと思います。しかし、残念ながら、非暴力での抵抗運動は、極めて限定的な状況下でしか結実しません。ハンガーストライキでも、すでにある程度知名度のある人などでなければ、影響力をもつことは難しいのです。以前、政治囚としてイスラエルに拘束されているパレスチナ人が、不当な扱いに抗議して集団でハンガーストライキをし、生命の危機にまでさらされました。でも日本でそのことを知っている人は非常に少ないですよね。非暴力で抵抗しても物事を変えられないことをパレスチナ人はよく知っているため、日本人から見ると残念ですが、パレスチナでは武装抵抗運動への支持がかなり高いのです。

自分なりに考え、無理のないペースで向き合って

―パレスチナ問題に関して、日本においてはどのような情報源から情報を得るべきでしょうか。

情報源として優れているのは、イスラエルやパレスチナなどの報道機関から発信される情報と、各組織が発信する一次情報です。日本の主要な新聞社や放送局も、信頼性を確保するために報道前に必ず裏付けを取るため、信頼性が高いです。SNSの発信は間違いや偏りが多いため、複数の信頼がおける情報源と内容を比較する必要があるでしょう。

―戦争報道を見ると心が痛むため一旦距離を置くべきだという意見もある中、大学生としてこれらの問題にどのように向き合えばいいのでしょうか。

全ての問題を自分事として引き受けるというのは、時間的にも精神的にも難しいことです。人には限界があるので、自分なりに考えて選択し、関わることしかできないと思います。

特にパレスチナ問題は長期化しており解決が難しいので、研究を諦めて人道支援の道を選ぶ人も多いです。関わり方は人それぞれですから、自分の無理のないペースで向き合っていけばいいと思います。

 

木下優希