「環境保全をビジネスにすること」を目標に掲げ、画期的な取り組みで注目を集める京大発のベンチャー企業・株式会社バイオーム。前回、同社の藤木庄五郎氏に、起業の経緯や事業内容、アプリ「Biome」の特徴についてお話しいただいた。第2回目の今回は、経営者としての信念や目指す未来、ビジネスの今後の可能性などについてじっくりと伺った。

 

※この記事は二部構成です。第1回はこちらをご覧ください。

 


いきものコレクションアプリ「Biome(バイオーム)」

発見した動植物の写真を撮ることで、その種類を教えてくれたり、コレクションしたりできるアプリ。完全無料で利用でき、ユーザが発見した動植物のデータは、環境保全のために利用される。

日本に生息する約10万種の生き物を判定できる「名前判定AI」を搭載し、ユーザーが写真撮影をすると、自動で種名の候補が表示される。コレクション機能や図鑑機能、マップ機能なども備え、誰でも楽しみながら生き物と触れ合える。アプリ内で頻繁に開催される「いきものクエスト」は、場所や時期など特定の条件を満たす生き物を集めるゲーム性が特徴で、達成すると抽選で景品が貰えるものもある。

(写真提供:株式会社バイオーム)

 

プレイヤーからマネージャーへ 「変わり続けること」の大切さ

 

――ご自身が大切にされていること(理念・信条・哲学)は何ですか?

今まで生物多様性の保全に人生を捧げてきたし、これからもそうするつもりです。とはいえ、それだけで満足するのではなく、ビジネスとして続けていくことが大切だと考えています。起業というアプローチを選択した以上、今の会社を拡大することに大きな意義があると考えています。

個人的な行動指針としては、「利他の精神」を大切にしています。いかに他者のために利益を出せる人間になれるかを常に意識し、一つ一つの選択の際にも重視しています。経営は判断の連続。いかに世のため人のためになるのか、環境保全につながるかという2つを大切にしながら、より良い選択を心がけています。

 

――創業時から今に至るまでの道のりを振り返って、個人的なことも含めて変化したことはありますか?

会社の規模が徐々に大きくなり、変化の連続だったと思います。2人で始めた会社が、今では多くの従業員がいて、チームとして働いている。まだまだ小さい会社ですが、できることの幅は広がり、やりたいことができるようになってきました。

社長というのは、組織を導くリーダーとして、常に変わり続けなければならないと思っています。フェーズに応じて求められる能力も変化する。起業当初はプレイヤーとして自分でプログラミングしていましたが、会社が大きくなるにつれてマネージャーとしての役割が増え、今はチームビルディングが大切です。最終的には現場に口出ししなくても良いかたちにしていくと思います。いずれにしても、自分の成長と会社の成長はリンクしており、会社の成長が自分の成長の証。私自身も変わり続けています。

社内の様子

 

――経営者として求められるものは、フェーズに応じて変わっても、藤木さんの根底にある信念や理念は全く揺らいでいないように感じます。

そうですね。環境や生物多様性を守りながら、経済的合理性を追求するという根底の部分は変わっていないし、変わってはいけないと思っています。スタートアップの中には、方向性がコロコロ変わって元の事業とは全く違う業態になるところもありますが、弊社はそういうことはありません。

 

初志貫徹―「環境保全いかに儲かるビジネスなのかを世界に示したい」

 

――今後のビジョンや展望をお教えください。

基本的には初志貫徹です。生物保全がいかに儲かるビジネスなのかを世界に示し、環境保全の取り組みが広がっていくよう尽力していく。一つの区切りとして、上場は考えており、この分野で初めての上場企業になることを目指しています。我々がその先例となり、生物多様性の保全がビジネスとして成立することを社会に印象づけたいと考えています。

さらにその先は、日本国内のみならず、世界にもフィールドを広げていきたいです。とりわけ、グローバルサウスと呼ばれるような環境破壊の最前線にある地域。具体的には、インドネシアやブラジル、ボリビア、ガーナなどを対象に、生物データの収集を進め、保全のための仕組みづくりをしていきたいと考えています。

 

――日本における生物多様性の課題については、どのようにお考えでしょうか?

生物多様性には「4つの危機」があるといわれています。第1の危機が「開発などの人間活動による危機」、第2が「自然に対する働きかけの縮小による危機」、第3が「人為的に持ち込まれたものによる危機」、第4が「地球環境の変化による危機」です。

海外では、第1の危機である人間の開発活動による生態系破壊は深刻ですが、日本においては、かなり弱まってきています。ただ、インドネシアなどで、木材調達やパーム油栽培のために木が伐採されているのは有名な話で、こうした活動の背景には、輸入という形で日本が関わっている側面があります。間接的であれ、日本が環境破壊のアクターとなることで、今後の経済活動のさまざまな場面で不利に働く。そのことは企業側も意識するようになってきて、TNFDなどの活動も行われていますが、まだ十分とはいえず、日本の抱える大きな課題だと思います。

2つ目の危機については、日本では特に、里山の減少などが深刻で、少子化による担い手の不足が進行し、解決から程遠い状況です。3つ目は特に外来種の侵入による生態系の崩壊が深刻で、外来種を野に放ってしまうなどの個人の小さな行動が壊滅的な影響をもたらす場合もあるため、非常に丁寧な対策が求められます。4つ目の危機も気になるところですが、気候変動を止めない限りどうにもなりませんので、世界的な動きに依存するものになりそうです。いずれにせよ、どの課題も日本だけに閉じたものとしてとらえるのではなく、地球レベルでの対策を意識していくことが大切だと考えています。

ボルネオ島での森林破壊の現場(写真提供:株式会社バイオーム)

 

――日本企業の生物多様性に対する意識は、変わってきているのでしょうか?

環境保全に対する社会の仕組みが、少しずつ改善されてきている印象はあります。企業も環境問題に真剣に取り組まないと利益を上げるのが難しくなり、投資を受けられなくなったり、企業ブランドを守ることができなくなったりしています。だからこそ、我々のような会社が成り立っているわけで、「将来的にも環境保全のことを考えていかなければならない」と強く訴えながら、この分野でリードしていきたいと考えています。

 

「環境保全が当たり前」の社会に向けて

 

――生物多様性の保全に向けて、社会や個人に求められることは何でしょうか?

少し矛盾するかもしれませんが、社会に求められることは、個人の思いに依存しない仕組みを構築すること、それが重要だと思います。例えば、すべてのモノやサービスが環境に配慮されていれば、環境保全に対する個人の関心の有無にかかわらず、消費活動自体が、環境を守ることにつながる。そういう自動的に環境を守れる仕組みが必要で、社会はそうなっていくべきだと思います。

もちろん、そのプロセスにおいて、個人に求められるのは、一つ一つの自身の選択が環境保全につながるかどうかを考えることです。環境保全にコネクトできる機会はそう多くありませんが、例えば、値段や品質だけでなく、その商品が環境に配慮されたものかどうかを選択基準の一つと捉える。銀行に預金する場合でも、環境保全に注力している銀行に預けるようにすれば、その領域にお金が回っていくことになるので、そういう点を見極めながら、選択・判断していくことが大切だと思います。

 

――慶應義塾大学に対して求めることがあれば、お聞かせください。

大学には、環境や生物多様性の保全が自らの利益になるものと捉えてほしいです。環境保全に力を入れることで、それが大学のブランディングという武器となり、意識の高い学生を呼び込むきっかけになっていく。そういうモデルケースを作ってほしいし、そうした成功事例を作ることが、他大学へも波及する動力になると思います。なかなか難しいとは思いますが、慶應義塾大学は、そういうリーダーシップが取れる大学だと思います。ぜひ、取り組んでいただきたいです。

 

――最後に、学生に対するメッセージやアドバイスをお願いします。

起業家の立場から申し上げると、常に起業という選択肢は手札として持っていてほしいと思います。例えば、就職して、「この会社ではやっていけないな」と思ったら、1つの選択肢として起業があるし、就活に失敗しても、起業という道はあるはずです。私の場合は、環境保全をビジネスでやっている組織が見つからなかったので、自分のやりたいことができる唯一の方法として「起業」に踏み切りましたが、結果的には良い選択だったと思っています。もし起業という選択肢が頭になかったら、今頃、全く関係ない会社で不満を抱えて働いていたかもしれません(笑)。もちろん、「就職せずに起業しろ」と言っているわけではありませんが、起業という選択肢を頭の片隅に入れておくと、今よりもきっと生きやすくなると思います。

 

――ありがとうございました。

 


【プロフィール】

株式会社バイオーム 代表取締役/藤木庄五郎さん

1988年7月生まれ。2017年3月京都大学大学院博士号(農学)取得。在学中、衛星画像解析を用いた生物多様性の可視化技術を開発。ボルネオ島でのキャンプ生活を通じて環境保全の事業化を決意。博士号取得後、株式会社バイオームを設立。生物多様性の保全が人々の利益につながる社会を目指し、世界中の生物情報をビッグデータ化する事業に取り込む。

 

 

 


 

取材を終えて

 

世界では、毎年約500万ヘクタールの森林が、人為的な伐採などによって減少しているという。これは、1分間で東京ドーム2つ分以上の森林が失われているに等しい。同時に、森林に生きる動植物もまた、自らの生息地を追いやられている。

読者の中には、「私たちには無関係」「海の向こう側の出来事」と思う人がいるかもしれない。しかし、森林破壊によって得られた製品を使用することで、知らず知らずのうちに我々も破壊に加担しているかもしれないのだ。

藤木氏は、日々の選択の中で環境保全という価値観を取り入れ、社会全体で自動的に守れる仕組みをつくることの重要性を語った。環境や生物多様性の保全という課題とひたむきに向き合う藤木氏の姿には、研究者としての危機感に加え、子供の頃から触れてきた自然を愛する想いがしっかりと心に根ざしているように感じられる。

「環境保全が当たり前の社会」を実現するため、我々には何ができるのか。その問いを自身の胸に刻みながら、今後、バイオーム社がどのようなビジネスを展開し、この難題に取り組んでいくのか、注目していきたいと思う。

 

◯ 株式会社バイオームの公式サイトはこちら

◯ いきものコレクションアプリ「Biome(バイオーム)」の紹介ページはこちら

 

 

(聞き手・髙梨洸