「ガリア戦記」
世界史を学んだことがない人でも、一度はその名前を聞いたことがあるのではないだろうか。本著は、かの有名な共和制ローマの英雄、ユリウス・カエサルが行ったガリア遠征の様子を本人が直接書き記した記録である。翻訳は、慶大文学部卒で同大名誉教授でもある近山金次氏によって行われた。単に戦争の推移の記録だけでなく、資料に乏しくわからないことが多いこの時代のガリア人やゲルマン人の習俗について書かれている点で、文化史的にも価値の高い書物である。当時のローマやガリアについて知りたい人には、ぜひ読んでほしい作品だ。
物語の舞台となるのは、紀元前58~51年のガリア(現在のフランスやベルギー等に跨る地域)とその周辺地域。帝国の支配領域を広げるべく、ローマ人がガリアに進出していく。それに相対するガリア人であったが、ガリアといっても一枚岩ではない。ヘルウェティー族やハエドゥイー族などといった大小さまざまな部族に分かれ、権謀術数を用い、仲間を扇動し、ローマに服属する者、ローマに敵対する者、それぞれの思惑が渦巻く大地であった。強大なローマの軍事力に対抗するため、ブリタンニア(現イギリス)やゲルマニア(現ドイツ)の部族に報酬を約束して協力を取り付けることもあった。一方、ローマは全てのガリアやゲルマニアと敵対しているわけではなく、それらの部族から軍団を招集して一緒に戦うこともあった。カエサルはガリア人やゲルマン人と時に親交を深めたり、時に戦ったりするうちに、彼らの暮らしについての理解を深めていく。
カエサルによれば、ガリア人は突発的に戦争を起こす民族らしい。一度はローマに人質を差し出し恭順の意を示しても、ローマ軍の駐屯地にいる兵が少なかったり、カエサルが不在だったりというような噂を聞きつけると、それが真偽不明であっても好機を逃すまいと信じ込み、すぐさま戦争の準備をするそうだ。また、人々は宗教に熱心で、戦争に行くときや重い病気を治すときなどには生贄を捧げ、高度な知識を持ち、儀式を執り行う僧侶を尊敬している。一方、ゲルマン人は農耕に興味がなく、もっぱら乳製品と肉ばかりを食べる。幼いころから狩猟と武芸にいそしみ、自分たちの部族の周辺をなるべく広く荒廃させて国境を無人にしておくことが武勇の証であり、最大の名誉だと思っているそうだ。
軍事技術はローマ軍のほうが進んでいるため、真正面から戦えばローマ軍が勝つことが多い。しかし、ガリアの攻略は一筋縄ではいかない。ガリア人は、故郷の森や沼地といった地形を巧みに生かし、気まぐれ的に奇襲戦争を仕掛けてくるからだ。艱難辛苦を乗り越えてきた7年にわたる戦争の末、最終的にカエサル率いるローマ軍はガリアの英雄ウェルキンゲトリクスの率いる大軍が立てこもるアレシアという町を包囲する。戦争の行く末は、ガリアの運命はどうなってしまうのか。戦争の総指揮官自らが書き記した本著を読むことで、一連の出来事を雰囲気も味わいながらより詳細に知ることができるだろう。
今春から新年度、新生活を迎える人も多いだろう。なかには、何かしら勉強をしよう、本を読もうと思いつつ、最初の一歩が踏み出せない人もいるのではないだろうか。そこで、本著のように歴史的価値のある書物を一冊読むことから始め、今年1年を勉学の年としてみるのはどうだろうか。訳者が慶大卒ということもあり、新入生はもちろん、在学生にもおすすめしたい一冊だ。ガリア戦記は、世の中に対する知見を深める足がけになるだろう。
(佐々木義継)