先日、文学部の専攻エントリーが終了した。塾生新聞では文学部専攻企画と称して、史学3専攻(日本史・西洋史・東洋史)の教授へのインタビューや、各専攻の先輩へのアンケートを行った。この記事では、その際扱うことができなかった史学系専攻である民族学考古学専攻(以下、民考)について、似ている専攻との違いやその魅力に迫っていく。今回は日本考古学・博物館学がご専門の安藤広道教授に話を聞いた。

 

まず民考と似ている専攻(史学3専攻・美学美術史学・社会学・人間科学)の違いについて聞いた。史学系のほかの専攻が文字史料を研究対象とし、扱う地域によって3つに分けられている一方で、民考はテキストだけでなく人・モノ・場所・写真を研究対象とし、すべての地域を扱う。同様にモノを扱う専攻としては美学美術史学専攻があるが、こちらは美術作品に特化した研究を行っている。また、民族学に関心を持つ学生の比較対象になりやすいのが、文化人類学を学ぶことができる社会学専攻・人間科学専攻だ。文化人類学は民族や社会など人間の文化的側面に注目し、人間を理解する学問である。対して民族学は人間に限らず、人・モノ・場所の関係の歴史を紐解く学問である。このように、民考では人や人を取り巻く環境・事物にまで注目した、包括的な学びが可能だ。

 

つづいて民考に進む塾生に期待することを聞いた。安藤教授は「求めることなんてないですよ」と笑みを浮かべながら前置きしつつ、2点挙げた。ズバリ、「楽しむこと」と「幅広い視点から物事を見ること」である。進級したあと最も大変なのは、やはり卒業論文だそうだ。せっかく学問に向き合う機会なのだから苦しみながら書くのではなく、ハードな状況を楽しみ、のめりこんでほしいと話す。また、考古学・民族学に関する知識をあらかじめ持っていなければいけないわけではなく、特定の知識を持つよりも視野を広げることのほうが重要だという。民考にはどんな対象も研究できる自由度の高さがあり、狭い視点では見えない範囲が広くなってしまう。進級後も、関心を持っていること以外にも、さまざまなものにアンテナを張って過ごすことが大切だ。

 

次に、幅広い学生の興味関心にどのように対応しているのか聞いた。専任教員の専門分野から外れたところに関しても、人・モノ・場所の関わりを研究するという基本的方法論は変わらないため、学生と議論を通して学びを深めることができるそうだ。また、新型コロナウイルスの影響でフィールドワークの実施が困難になったことで、かえってインターネットを駆使した多種多様な研究テーマが生まれたという。学生の自主性や発想を尊重する教員が揃っていることも民考の魅力の一つである。

 

つづいて、専攻での学びを生かせる専門的な仕事にはどのようなものがあるか聞いた。中学校・高校の教員や博物館の学芸員は、史学系専攻での学びを直接活かせる仕事としてよく知られているだろう。学芸員資格の取得に必要な授業の大半は民考や美学美術史学専攻で開講されており、学芸員を志望する塾生は大学院に進学するのが一般的だという。学芸員資格に関連した仕事としては、博物館展示の製作会社の社員、文化庁や都道府県・市区町村の文化財担当などがある。これらの行政機関で働くには、学芸員資格のほかに公務員試験に合格する必要がある。

 

つぎに、歴史学を学ぶ意義を聞いた。前提として、歴史学は研究者が史実を明らかにし、一般人がそれを学ぶという、一方的な関係のもとに成り立っている(この点は改善する必要があると安藤教授は考えている)。また、歴史のもととなる史料は断片的であり一貫性がないため、必然的に歴史を語る側が余白を埋め、ストーリーを作らなければいけない。つまり、歴史は作り手である研究者に委ねられており、研究者の視点によって語り口が変わるのだ。それを踏まえると歴史学を学ぶ意義は2点あると安藤教授は言う。一つは人間の活動に過去の解釈が必要な以上、多くの人が納得できるような歴史を作ることだ。これは歴史の語り手・作り手としての責任に関わってくる。もう一つは、歴史は不完全で偏りのあるものだと認識し、立場の異なる人と対話をすることだ。研究者は不完全な史料から目的に応じて過去の事実をつなぎ合わせているのであり、本来すべてを網羅した完璧な歴史は存在しない。にもかかわらず、異なる歴史を信じる人たちが「自分たちの歴史こそが正しい」とお互いに信じることで、正義の違いが生まれ分断につながる。「歴史は不完全なものである」という認識をもつからこそ、対話ができるのである。歴史学を学ぶことは、過去を知るだけでなく未来の分断を防ぐことにも役立つのだ。

 

最後に民考の楽しいところ・大変なところを聞いた。大変なところはやはり卒業論文だそう。安藤教授いわく「まあ達成感はありますよ」とのことなので、民考に進級する塾生はぜひ頑張ってほしい。一方、楽しいところは学内・学外でそれぞれあるようだ。学内では三田キャンパス内に集まれるスペースがあり、コミュニケーションの場になるとのこと。学外では教員・院生のフィールドワークに参加し、発掘調査を手伝う機会があることだ。このように、同学年の横のコミュニティだけでなく、教員や先輩との上下のコミュニティを築けることが、民考の大きな魅力である。

 

村上怜