8 月 6 日に開幕した全国高等学校野球選手権大会(夏の甲子園)。神奈川県代表として全国への切符を手にした慶應義塾高等学校は、1916 年(大正 5 年)以来、107 年ぶりの全国制覇という悲願を果たした。今回、このような華々しい結果を残した慶應義塾高等学校野球部を率いる森林貴彦監督にインタビューし、県大会決勝から甲子園優勝までの想いなどを聞いた。

チームを甲子園優勝に導いた森林貴彦監督 (写真=撮影)

 

ーー神奈川大会決勝(横浜高校戦)、劇的な逆転勝利で甲子園出場を決めた瞬間はどんな想いがありましたか

まずは純粋に嬉しかったですね。春の選抜で仙台育英に負けてから、もう一回そのようなレベルのチームと対戦したいという想いがありました。また、春の甲子園で初戦負けした悔しさは甲子園で勝たないと晴らせないので、甲子園へ行ってまた勝負ができるという喜びもありました。県大会で優勝して安堵した気持ち、また甲子園でやるぞというワクワクする気持ちと、色々な気持ちが湧き上がってきましたね。

 

ーー春の選抜で敗れた仙台育英高校に対し、どのような姿勢で決勝戦に臨みましたか

春の選抜で負けてから自分たちのチームの基準が仙台育英になって、そういうチームに勝つことが自分たちのレベルを上げるということだと分かりました。なので、決勝でまたやれるというのはすごくいいシナリオだと思うし、うちの 107 年ぶりの優勝と向こうの 2 年連続の優勝という対比の中で勝ち切って「恩返し」ができたらな、という姿勢で決勝に臨みました。

 

ーーその決勝戦、丸田選手の先頭打者ホームランという劇的な展開から幕開けしましたが、それをどう見ましたか

先頭打者のホームランは想像してなくて、この場面でいきなり打ってすごく勇気付けられたし、スタンドも盛り上がったのでただの 1 点ではなく重みのある 1 点になりましたね。

チームを勇気づけ、応援を勢いづけ、相手にプレッシャーを与えるなど色々な意味で本当に重みのある 1 点でした。

 

ーー3 塁側アルプススタンドを中心とした慶應側の応援の熱はどうでしたか

開放的な甲子園のベンチの造りや銀傘の音の反響も相まって、こんなにも味方の応援が大きい環境で試合ができるのは幸せで、ゾクゾクするような感じでしたね。あの時の一段と大きい応援は本当に後押しされるようで、実力プラスアルファが引き出されるような素晴らしいものでした。

 

ーー甲子園という舞台で優勝した瞬間の率直な気持ちを教えてください

優勝しちゃった、本当かな、という現実ではないような感覚でした。県大会で優勝した時はなんとかできた、という嬉しさがあったけど、甲子園の時は半分信じられないような不思議な気持ちでしたね。

 

ーー今回の優勝は慶應義塾高等学校のものだけではなく神奈川県代表としての優勝でもありますが、激戦区神奈川県を背負った日本一について想うことはありますか

これは結構強く想うものがありますよ。5 年前(2018 年)や 15 年前(2008 年)にうちが甲子園に出場した時、神奈川は南北のブロックに分かれていたので、慶應が神奈川県の単独の代表として出場するのは 61 年ぶりなわけですよ。さらに春の選抜では仙台育英に負けて帰ってきたわけなので、やっぱり神奈川のためにも優勝旗を持って帰るっていうのはしたいなと思っていたし、本当にそれもできて神奈川のためにも恩返しできたと思っています。強いチームがたくさんある神奈川の中で揉まれて、いろんなチームに鍛えられたおかげで全国優勝するような力もつけられたので、神奈川の代表としてこう責任を持って優勝できたのは神奈川にも「恩返し」できたかなという気持ちで嬉しく思っています。

 

ーー逆に、今年の決勝戦を振り返ってみて来年度に繋がるような改善点はありましたか

そうですね。記録上なことで言うと、決勝戦でうちは 4 エラーしているんですよね。だから、守備のミスや走塁のミスを次への成長の糧にして練習に励まないといけないと思うし、勝ったから満点ということはなくまだまだだなと思ったことを改善していく必要があると思います。また、メンバーは変わるけど新しいチームが安定して力を発揮できるように、チームとしての格を上げていくことがこれからの課題になっていくと思います。

 

ーー優勝することによって高校野球の新しい形や方向性を示せましたが、これからの高校野球界に望むことはありますか

うちの優勝を通して、各チームが自分たちはどういうスタイルでやるべきか、何を大事にしてやるべきかある程度考え直すきっかけになり、一石を投じるような意味はあったと思います。それぞれのチームの哲学や信念などに基づいて色々なチーム作りをしていいと思うし、そこにやっぱり高校生が主役になるという高校野球を戻していかなければならないと思います。大人のエンタメ、大人の都合のために高校生が演じるという状況にある甲子園、高校野球が「高校生が主役になる」という主体性、主導性を持ったものに変化してほしいと思っています。

 

ーー主体性に関連して、「エンジョイ・ベースボール」などの方針は高校野球だけで終わってしまう人間を作らないこと、将来に生かされていく人材をもっと成長させる意味を持つという認識で合っているでしょうか

そうですね。野球が終わった時、自分から野球を外してみた時に何も残らないような人にはなってほしくなくて、野球をやるんだけど野球選手を作るというよりは良い人材を育成するという意識でずっとやってきたので、それは優勝しても変わることはないです。また、野球で日本一になるということと、日本一にふさわしいチームだと言われるような意味での「2つの日本一」を目指さなければならないので、野球でも人間性でも日本一になるという方針はずっと同じです。

 

ーーその野球部の方針を踏まえて、来年度に向けての目標を教えてください

メンバーが入れ替わる中で、同じ目標に向けて進んだり色々な財産を引き継いでいくのは難しいことだけど、それはそれで別のチームだから別のやり方で日本一を目指せればいいと思っています。日本一という目標は変わらないけど別のアプローチで目指す方が面白いし、去年成功したアプローチで続ければいいほど甘いものではないので、今年は今年のいい道を探しながら進んでいくというつもりでやっています。

 

ーーまた、今回の優勝を受けて、六大学野球の慶應大学への応援も熱を増すと思いますか

そうであってほしいですね。野球の応援は楽しいなとか、慶應が勝つと嬉しいなというのは高校だろうが大学だろうが一緒だと思うので、今回の優勝や応援熱を波及してもらって、慶應大学野球部がこの秋のリーグで優勝することを塾高野球部としても願っています。

 

ーー最後に、様々な形で声援を送った慶大生へメッセージをお願いします

今回の優勝は、高校だけでなく慶應義塾全体の優勝だと思っています。慶應義塾に関わる様々な方の応援を受けて掴んだ優勝には、慶大生の皆さんの応援の力も大いにあったと思うので、その応援に対してお礼を申し上げたいなと思います。慶大生にとっても、この優勝が刺激になってそれぞれの分野で頑張ろうと思ってくれたら嬉しいですし、慶應義塾も「全社会の先導者を育成すること」という目的に沿って、そのようなことを期待されている学校だと思います。だからこそ、慶大生の皆さんも色々な場面や分野での活躍を見せてほしいなという風に期待しています。

 

【プロフィール】

森林貴彦(もりばやし・たかひこ)

慶應義塾高等学校硬式野球部監督であり慶應義塾幼稚舎教諭。部員と共に「日本一」を目指し指揮を執る。

 

片山大誠