久保田徹さんは2022年7月、ミャンマーで国軍に拘束された。現在、ミャンマー国内で、自由に取材を続けるのは困難な状況だ。久保田さんは解放後、現在もミャンマー国境での取材や、現地クリエイターの支援など可能な範囲で活動を続けている。彼は、なぜ現地で映像を撮り続けるのか。ミャンマーと向き合い続けるのか。久保田さんのミャンマーへの、そしてドキュメンタリーへの思いに迫る。
活動の原点はサークル活動
久保田さんの現在の活動の原点となっているのは大学時代サークルの活動だ。慶大の国際問題啓発団体SALでロヒンギャコミュニティーを訪れる活動を行っていた。ロヒンギャは、ミャンマーの少数民族で1990年代から迫害を受けてきた。多くが国外に逃れているが、ミャンマー軍によるジェノサイドの疑いがあり人権侵害が指摘されている。活動を通して国際問題、そしてドキュメンタリーを撮ることに関心を抱くようになった。大学の入試でロヒンギャ問題ついて書いたが、そこまで深い関心があるわけではなかった。SALの活動を通して真剣にロヒンギャ問題と向き合うようになった。「国際問題に関する活動は高校時代ならスルーしてしまっていると思います。実際にSALの活動を行う中で、ロヒンギャ問題に取り組む先輩に出会い影響を受けました。それで、ドキュメンタリーを撮り始めました」大学3年生の11月、SALでドキュメンタリ―の上映会があった。通常3年生は、そこで引退し、就活する。久保田さんは1年間休学すること選んだ。「1年休学して就職かドキュメンタリーを撮り続けるか模索して、考えようと思いました。その1年で、道筋が見えたりもしたので。結局、休学中もミャンマーにいました」
「心惹かれたものを撮る」映像の本質
久保田さんは自身を映像作家と呼ぶ。彼が活動を続ける原初の動機は、「自身が心を惹かれて導かれていくものを伝えたい」という思いだ。具体的には、久保田さんSAL時代に取り組んだロヒンギャ問題、ひいてはミャンマー問題を伝えること自体がモチベーションとなっている。
ロヒンギャ問題の撮影を通して、久保田さんは、映像の本質を学んだ。映像は、「人の実存を撮ること」だという。カメラを通し映像を撮ることで他者と同じ空間に立ちと同じ目線に立つ。取材対象の映像を見た視聴者は、被写体の体験を追体験する。「1個、映像を作るごとに、自分が自由になっていく感覚があります。それはドキュメンタリーだからこそだと思う。取材相手の人生の一部とか、細かい口癖とか、言葉の訛りとか、行動の節々が、自分に入ってくる感覚があるんです。これまでの、自分とは少しずつ変化していく感覚です」
現地でしか撮れないもの
近年、OSINTという新たな取材方法が注目を集めている。OSINTはオープンソースインテリジェンスの略で現地に直接取材に行かなくともオープンデータやSNSなどを用いて、情報の収集を行うという手法だ。しかし、久保田さんは現地に行かずに情報を集める手法この手法はドキュメンタリーの本質とは異なるという。ドキュメンタリーで必要なのは単なる情報ではない。久保田さんが繰り返す「人の実存」は現地でカメラを回すことでしか見えてこない。コロナ禍でも久保田さんは、現地で対面での取材を続けた。日本で生活するクルド人の実情を映した。その映像はNHKのBS1で放送されたコロナ禍のマイノリティに焦点を当てたドキュメンタリー番組「リトルネオ」の中に収められている。「ドキュメンタリーは身体的なものに依存する。今の技術段階では、遠隔での撮影は不可能です」
獄中で見た希望
2022年7月30日、久保田さんはヤンゴンで国軍への抗議デモを撮影中に治安部隊に拘束された。扇動罪などの罪で計10年の禁錮刑判決を受け、ヤンゴンにあるインセン刑務所に収容され、約3か月半過ごした。この体験は、久保田さんをミャンマー問題の当事者にした。不当に逮捕され、自由を奪われた約4か月間、抑圧されている人々の感情が嫌というほどよくわかったと話す。「逮捕される以前も、ミャンマーの状況は分かっていました。しかし、実際に体験するっていうのは全く違う話です。ミャンマー問題に関して当事者になることですから」
獄中では、同じく投獄された政治犯の様子を不思議に感じたという。彼らは、獄中でもなるべく明るく振舞おうと努めていた。「彼らのレジリエンス、しなやかな強さを獄中で感じました。 どれだけ絶望的な状況にいても明るく振る舞っている。判決を伝え合って、励まし合ってる姿とかは、異様な光景でした」。ミャンマーの活動家たちは長い刑期を言い渡されても自身の活動に未来に希望を持ち続けようとしていた。
現地の声への共感を広める
どれだけ弾圧されても国軍に対する抗議活動は続いている。「DocuAthan」は、抗議活動を続けるミャンマー人のクリエイターを支援する活動だ。多くのミャンマー人クリエイターは国内で活動するのは難しい状況だ。彼らの多くは、隣国との国境線か、民主派勢力が支配している地域で活動している。ミャンマーで拘束されたジャーナリスト、北角裕樹さんと久保田さんの二人の発案から生まれた。Athanはミャンマー語で「声・意見」の意味がある。ミャンマーで今も活動を続けているミャンマー人のクリエイターたちに彼らの作品を紹介するためのプラットフォームを提供している。また、作品に共感した視聴者から集めた寄付が、ミャンマー人クリエイターの活動資金となっている。作品は、DocuAthanのWebページから見ることができる。
想像力をもって寄り添う
ミャンマーの問題は決して日本に住む我々にとって無関係ではない。在留ミャンマー人は2022年時点で、47965人に及ぶ。彼らは、日本国内でもミャンマー国軍に対する抗議活動を続けている。また、久保田さんのように支援を続ける日本人も多くいる。6月18日に行われたDocuAthanのイベント90人ほど集まり満席になるほど注目度が高い。久保田さんはミャンマー人に寄り添うこと相手に対する想像力を育むことの大切さを話す。「 ミャンマー人の方と隣り合わせで暮らしてるのことをもう少し目を向けてほしい。全ての国が日本と同程度の安全性、真っ当な司法手続きがあって、警察が機能している国とは限らない。自分の置かれている環境と比べて、そういう状況をもっと想像できるような想像力を得てほしいなと思います」
慶應生に向けたメッセージ
「慶應生の中には、頭で物を考えるタイプというか、頭で簡単に結論を出してしまうのかなと思います。感じる経験をたくさんするのが僕は大事だと思います、それは様々な現場に足を運ぶということだし、体を動かすことです。そうすると、それまでとは違う自分になれると思います。」
【久保田徹(くぼた・とおる)さん】
映像作家。慶大法学部卒。慶大在学中から映像制作を始める。現在では、ミャンマー人クリエイターの支援も行っている。
【DocuAthan】
公式サイト:https://www.docuathan.com/
(鈴木廉)