浅草東洋館。お笑いコンビ・ナイツなど名立たる芸人たちが本拠に据える演劇場だ。1つ下の階には、日本に5つしかない一年中落語を聞くことができる定席「浅草演芸ホール」がある。そんな劇場の舞台で慶應落語研究会(以下落研)の3年生は寄席を行った。しかも学生が同劇場で公演を行うのは史上初。伝統ある東洋館に新たな歴史を刻んだのである。
公演はくも輔さん・恋生(れんしょう)さんの漫才形式でのオープニングで幕を開ける。続いて落語の演目が始まった。
演目内容は以下の通り。
①七代目恋歌(れんか)さんの演じる、家に忍び込んだ泥棒が主人の女性にうまくやりこまれるというストーリーの『転宅』。
②十五代目慶馬さんの演じる、弥次郎という嘘つき男がバレバレの嘘話を繰り広げる『弥次郎』。
③五代目つばきさんの演じる、仕事の続かない男が動物園にて虎の皮をかぶり、虎に成りすますドタバタ劇『動物園』。
④十六代目夜遊(ばんゆう)さんの演じる、「へっつい」という窯のようなものに取り憑いた博打好きの幽霊と、その「へっつい」を買った男との博打勝負『へっつい幽霊』。
⑤六代目風子さんの演じる、妻から尻に敷かれる夫が妻からお使いを頼まれ医者宅を訪れる『熊の皮』。
⑥十五代目恋生(れんしょう)さんの演じる、洒落が何なのかを知らない旦那と洒落のうまい番頭さんとの会話がすれ違う『洒落番頭』。
⑦二十二代目おさんさんの演じる、上司の妻の元に泊まった男が夫妻の家に財布を忘れてきてしまう『紙入れ』。
⑧十代目桃介さんの演じる、気の短い男と気の長い男との奇妙な友情話『長短』。
⑨十五代目とん治さんの演じる、現代にいる落語家が自作のタイムスリップ装置を使い、落語全盛期の江戸時代から13代将軍徳川家定を現代に連れてきて弟子にする話『エドマエ・ロマエ』。一からストーリーを考えた創作落語であり、タイトルは映画『テルマエ・ロマエ』とかけているそう。
⑩十代目くも輔さんの演じる、恋する年頃の若い男女が早合点過ぎる叔父の家に泊まる『宮戸川』。
落語には、使える小道具が扇子と手ぬぐいだけという制約があり、さらに1人で何役も演じ、観客にリアルな世界を想像してもらわなければならないという難しさがある。そんな中で落研の演者たちは顔の向き、声色、表情、姿勢などの違いを表現し、異なる登場人物を演じ分けた。また手ぬぐいでお財布を表現したり、扇子で床を叩き擬音を表現したりと小道具もうまく使い、それぞれの世界観を創出していた。
寄席は落語演目だけでなく、「高座返し」でとん治さん・おさんさんのコンビでの四字熟語をネタにした漫才、共同出演していた津軽三味線サークル「弦音巴」の演奏と2つの色物(寄席における落語以外の演芸)も行われた。
また演目は従来あるストーリーラインを現代風にアレンジされていたものが多かった。3年生代表のとん治さん曰く、その理由は「本公演に多いであろう落語を初めて見るお客さんたちに、もっと落語への興味を持って欲しかったから」だという。
そして伝統ある舞台での公演は2時間半に渡り、観客は満員の大盛況で幕を閉じた。公演を大成功におさめ、とん治さんは「人生で一番の気分です」と充実の表情で語った。