ウクライナ侵攻によって中東諸国が大きな影響を受けていることを読者は知っているだろうか。ウクライナ侵攻から早1年、世界中の注目の目はウクライナ、ロシア周辺に向けられている。しかしロシア軍によるイラン製のドローン兵器の運用、トルコの仲介など戦争に関連した事柄や2月に発生したトルコ・シリア地震で中東もまたウクライナ侵攻の渦に巻き込まれる形で世界に再注目されている。そこで慶應のOBでありTBS中東特派員として働いている須賀川拓氏に仕事やこれまでの経験について、また現在の中東地域の情勢について話を伺った。

イスラエル・ガザ地区空爆で倒壊したビルの前で取材する須賀川氏(写真=提供)

 

ウクライナ侵攻によって中東はさらなる危機に
ウクライナ・オデーサで取材する須賀川氏(写真=提供)

外交・政治においてはアメリカがシリア、アフガニスタン、イラクから撤退した後、中国やロシアの存在感が中東で増してきていた。ロシアや中国などは積極的に中東の国々に投資を行い、経済面での影響を高めていた。そのためロシアや中国からの投資で潤っていた国々は、本来は世界が一丸となって、国際秩序を乱すロシアを非難しなければならない状況でも声を上げづらくなっている。また力を失いつつあった権力者が便乗して力を取り戻そうとする動きも活発になってきている。戦争やリーダーたちによって動く大国の意志が全く関係のない一般市民の平穏な暮らしを奪い去っている。最も基本的な人権が奪われ、明日の生存もわからなくなってしまっているのである。

またウクライナ侵攻によって中東にもたらされた変化は政治的なものだけではない。中でも食糧不足は重要な問題だ。ウクライナは世界有数の穀物輸出国であり、ロシアも肥料の輸出が盛んだった。これらの輸出物は長年紛争や政治汚職、また地球温暖化による気候変動の影響で食料不足にあえいでいた多くの国にとってはまさに救いの手であった。しかしウクライナ侵攻により穀物、肥料の輸出が途絶えると単純に出回る穀物の量が減るだけでなくわずかながらに生き残っていた現地の農業にも壊滅的な打撃を与えてしまう。主食である小麦の値段がたった1年で倍になってしまったのだ。現在だけでなく今後何十年も続く壊滅的な食糧不足につながりかねない。しかし苦しんでいる人々がいる状況は以前から変わってはいない。「ウクライナ侵攻によってこうした人たちに再び光が当てられ、彼ら、彼女らの言葉が世界に報じられるきっかけになったことは大変喜ばしいことですが、こうした報道が一過性のモノにならないようにすることも、私たちの責任だと思っています。」と須賀川氏は語る。

 

人々の想いを伝えるのがドキュメンタリー

須賀川氏は現在、中東・アフリカ地域と、周辺の紛争地域で取材を行っているこの地域の情勢はエネルギー、難民、環境など地球規模の問題が多い。「そうした地域で「いま」起きていること、「むかし」から続いていることをできるだけ深く取材し発信することで、少しでも多くの人に興味を持ってもらい、世界がより良い方向に進むきっかけを作る、それが私の仕事です。」と須賀川氏は語った。

須賀川氏は幾重にも重なった情勢や人々の想いが、生が感じられるドキュメンタリーが好きで自ら製作することで少しでも現地で暮らしている人々の力になりたいと思いこの仕事を選んだ。学生時代は社会的弱者の人たちにどうやったら支援できるのかよく考えていたそうだ。

 

若者には世界へ目を向けてほしい

今や情報通信技術の発展によって国境や言語など多くの壁が取り払われている。これまで海外からの影響が少なく独自に発展してきた日本では外国人の価値観を理解するチャンスはほとんどない。だが、その外国人の出身国で起きていること、世界のどこかで起きている不条理、人権侵害、人道危機はどこかしらで日本と関係がある。世界はG7でアジア唯一の国である日本に対して技術力や思いやりの心を期待している。この現実を知り少しでも多くの若者が世界情勢に興味を持つことによって助かる命がある。しかし国際問題に目を向けるといっても難しく考えることはない。ガザ地区の人々のよりどころになっているのはオンラインゲームだ。ゲーム好きの若者が開発したゲームだけでも世界のどこかで若者の心を救っているのだと須賀川氏は言う。

 

塾生へのメッセージ

異端であることを誇る。他人ではなく過去の自分と比較することが大事だ。

「きのうの常識はきょうの非常識になるほど、世界は驚異的なスピードで変化していることは、皆さんが一番肌で感じていることと思います。そのスピードについていけるのは、皆さんです。みなさんの力がいつか、新しいムーブメントを作って世界をより良い方向に導いてくれると信じています。」と須賀川氏は語った。

 

(上村健太)

 

 

【須賀川氏プロフィール】

須賀川拓さん

ジャーナリスト。TBS中東特派員。慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス卒。東京都出身。TBSスポーツ局、報道局、社会部警視庁担当を経て2019年から中東支局長となる。主な監督作品は「大麻と金と宗教~レバノンの“ドラッグ王”を追う」(2021年 TBSテレビ)・「戦場記者」(2022年 KADOKAWA)。