2023年は浅利慶太氏の生誕から90年の節目の年だ。

彼が高校時代から、憧れを抱き続けたジロドゥのフランス戯曲。彼の最高傑作のひとつ『オンディーヌ』が4月29日(土・祝)から、東京の自由劇場にて上演されている。今回は、その舞台稽古の様子を取材した。(稽古の様子はこちらから)

 

稽古後、水の精役を務める中村ひよりさんと、召使い役を務める政田洋平さんに、役作りや見どころについて話を聞いた。

 

――お稽古見学させていただきました、おつかれさまでした。

中村政田 ありがとうございます!!

 

――さっそくお伺いしたいのですが、フランス戯曲に馴染みのない観客はどのような点に注目するとより『オンディーヌ』を楽しめると思いますか?

中村 台詞のフランス的で流暢な美しさです!学校で声楽を勉強していた際にイタリアやドイツの歌曲にも触れたのですが、そういった知識や経験を踏まえて、やはりこの作品においては一つ一つの台詞がフランス的だと感じます。

 

政田 僕たちが演じるのは、フランス語から日本語に訳された台本です。ですが、その台本の中でもフランス語特有の言葉の美しさや言葉のチョイス、美しい響きなどの奥深い言葉の表現は決して失われてはいません。なので、台本に書いてある言葉をしっかりとお客様にそのままお伝えすることができれば、その美しさが自然に伝わると信じています。

また、この作品のために考え抜かれた舞台装置や照明はその流麗な言葉と完璧にマッチしています。実際に劇場に足を運んでいただいて、その洗練された空間を身体全体で感じていただければ、一回見ただけでもその美しさを存分に堪能できると思います。なおかつ、二回目三回目と続けて観劇することで、奥深さを持つ『オンディーヌ』の真価を体験していただけたら嬉しいです。

 

――続いて、お二人がどのように今回の台本解釈を行ったのか教えてください。

例えば、中村さんが今回演じていらっしゃった水の精は人間ではない役ですが、役作りをするにあたって意識したことなどはありますか?

中村 そうですね。人間が決まった大きさの箱の中で生きているとしたら、人間を自然的かつ宇宙的なところから見ているのが水の精などの人外なのだと私は解釈しました。なので、あまり人間の論理を持ち込まないように、俯瞰的視点を持つようにと意識して演じています。

 

――政田さんは召使いの役どころですが、どのように役作りされましたか?

政田 今回、僕は水の精などの人外ではなくて、普通の俗世間の人間の役なので、自分と全く違う存在になるための役作りは必要ありませんでした。しかし、水の精と人間という対比を出すためには、『オンディーヌ』の世界における常識を理解した上で全体の中での自分の立ち位置を把握することが不可欠です。なので、原作を読んで、台本に載りきらなかった部分などを把握し、さらに俗世間らしい人間臭さを表現するためにはどうするべきかを考え抜きました。

 

――『オンディーヌ』に限らず、ジロドゥの作品では有限と無限の対比がよくなされているという印象を受けます。人間には死という有限性がありますが、お二人は人間が持つその有限性についてどうお考えでしょうか?

政田 普通の人間の一生は、人それぞれ歩む道も何を思って生きるかも違うと思います。ですが、皆等しく、全ての人生が尊いものだといえるのは多分死ぬ日がいつか来るからだと思います。死が存在せず、ずっと生き続けるなら、人生で何か成し遂げようという気持ちにもならないかもしれない。いつか運命の出会いがあると思って、チャレンジ精神が失われるかもしれません。死という一つの区切りがあるからこそ、私たちは他人への愛や家族との絆の深さなどの大切なものに気が付くことができ、人生の中で全てのことに意味を感じられるのだと思うので、死は特別悪いものではなく、それがあるからこそ今この瞬間を実感して一生懸命生きることができるのかなと感じます。

『オンディーヌ』の水の世界はそれこそ許すことも諦めることもない、無限の世界です。それももちろん一つの世界の在り方ではありますが、人間界には死という区切りがあって、誰もがそこに進んでいくからこそ、そのプロセスを尊く感じるのだと私は思います。それにオンディーヌも気づいて、自分の人生を委ねてみようと思ったからこそ、有限と無限が重なり合って、人間界の儚い美しさに気づけたのかなとも思うので、そこの部分に関する自分の感覚と台本とがうまくマッチすれば、心地よく美しくお客様にお伝えできるかなと感じています。

 

――深いですね…!ところで、『オンディーヌ』の中には、いくつか笑いどころのようなシーンが仕込まれていました。劇中でそういうシーンを演じられる際、どのような意図をもって演じているのですか?

中村 特段、笑わせようと意識はしていません。

政田 そうですね。

中村 その愚かで滑稽な行動を真剣かつ当たり前にやっているからこそ、お客様側は笑うことができるのかなと思います。

政田 稽古場の段階でも、ニュアンスで笑わせるのではなく、台本に書いてある言葉でお客様をくすっと笑わせるべきだと、ずっと(野村)玲子さん、(坂本)里咲さんがおっしゃっていました。笑わせようとするとどんどん言葉がつぶれて、お客様側からしたら何を言っているのか分からなくなってしまうと思うので、台本に書いてある言葉を明確にクリアにお客様にお伝えすることを第一に考えています。

 

中村ひよりさん【水の精役】

――ここからは、『オンディーヌ』という作品を離れて、お二人ご自身について質問をさせてください。中村さんは『キャッツ』の影響で女優を志し、そこから逆算して大学などを選ばれたとのことですが、そういった大きな決断をする際に何か心がけていらっしゃることはありますか?

当時はこれしか見えてなかったんです。

 

――「これ」とは、女優さんになるという夢ですか?

そうですね、絶対になると心に決めていました。そのために何の勉強をするかなどを考えながらだったので、あまり先が見えなくて不安だとかそういう感覚は無くて、夢に向かってまっしぐらでした。今もそうかもしれません。

 

――コロナ禍で公演中止をはじめ、色々と大変な数年間だったと思います。それを経て、舞台女優をすることに対する思いなどは変わりましたか?

変わりません!でも、強いて言うならば、「こういう時期だからこそ!」という思いはあります。当時、不要不急な外出はいけないと言われていましたが、私は観劇が不要不急だとは思っていませんでした。皆が自分以外の外の世界と密接に関わることができずに塞ぎ込みがちな時だからこそ、劇場に来て、何かしらの感情を揺さぶられてから帰ってほしいと思っていたんです。コロナでデビュー作の公演が中止になったりしましたが、ここで諦めてはいけないと思いました。コロナ禍でもいつでも、お芝居や歌は好きなことなので、この夢はずっと変わりません。

【プロフィール】中村ひよりさん

1996年12月29日生まれ。神奈川県出身。

東京藝術大学音楽学部声楽科ソプラノ専攻卒業。これまでの出演作品は2019年『小公女セーラ』ジェッシー役、2021年『ユタと不思議な仲間たち』小夜子役、2022年ブロードウェイ・ミュージカル『バイ・バイ・バーディー』など

 

 

政田洋平さん【召使い役】

――続いて政田さんにお伺いします。現在大学生とのことですが、学生としての勉強と俳優業を両立しているのですか?

はい!去年の『ミュージカル李香蘭』に出演していた時期は、大学がまだオンライン講義を主に採用していたので、芝居のお稽古をして、帰宅してからパソコンを開いて授業を受けて課題を提出し、それからまた台本の勉強をして、という風に両立して頑張っていました。

 

――それはとても大変ではなかったですか?

やはり大変でした。ですが、大学に行くことも、お芝居の世界で自分の身体と感性を使ってお客様に作品の感動や、メッセージを伝える俳優という職業も自分がしたいことだったので、僕にとってその状況は苦しいというよりは楽しいという感覚でした。

 

――なぜ俳優業と両立する形で大学に進学しようと思ったのですか?

僕はもともと関西でミュージカルの勉強をしていて、最初は大学に進学せず、高校卒業後は色々なオーディションを受けようと思っていました。ですが、先のことまで考えたときに、高校で重点的に学んだ英語から離れ、舞台の活動だけに絞るのは少しもったいないように感じたのです。そこで、折角なら自分が今まで学んできた英語を活かせるような大学に進学して、日本だけでなく海外の皆様にも何かお届けできるような俳優を目指そうと思いました。なので、大変ではありますが、大学に行って語学や世界の事を学びつつ、演劇の基礎も磨くという二刀流で行くことを決めました。

 

――では、大学卒業後も俳優活動を続けていかれるのでしょうか?

もちろんです!

 

――お聞きしたところによると、英検一級を持っていらっしゃると伺いました。バレエもダンスも10年以上続けていらっしゃるとのことですが、何事においても継続のコツはありますか?

何事も後ろ向きに考えず、前向きに捉えることです。幼い頃から先生に「できないから怒られるのではなくて、こうしたらもっと良くなるとアドバイスをされているのだ」と教えていただいていたので、僕にとって指摘はありがたいものであって落ち込むようなものではありませんでした。なので、そのアドバイスを自分の中で消化して、これがだめなら次はこうしようと改善し続けていたら、気づいたときには10年以上経っていました。すぐに芽が出なくても、未来の自分を思い浮かべながら地道な積み重ねを楽しむことで、継続できたのだと思います。

【プロフィール】政田洋平さん

2001年7月20日生まれ。兵庫県出身。

ダンスオブハーツ在籍。これまでの出演作品は2022年『ミュージカル李香蘭』・『アンドロマック』・『えんとつ町のプペル』ダンサー・スウィングなど。

 

――最後の質問です。今年は浅利先生の生誕90年とのことですが、浅利先生との思い出や浅利先生への思いなどありましたら、伺いたいです。

中村 私は小学生の時にほんの一瞬だけお会いしたことがあります。私が劇団四季の夏期講座を受講していた日に、たまたまいらっしゃっていた浅利先生が、廊下ですれ違いざまに「あなた頑張りなさいね」とひとこと声をかけてくださいました。それを一昨年、代々木のアトリエに初めて伺ったときに思い出して、「もっと頑張ればよかった!」とも思いましたが、今はその一瞬の会話、先生の言葉がより一層大切な心の支えとして私の胸の中にあります。

 

政田 僕は直接浅利先生にお会いしたことはないのですが、僕がずっとお世話になっているスクールの代表のお二人が劇団四季で浅利先生のご指導を直接受けてこられた方々で、浅利先生の言葉を引用されることが多かったので、舞台の基本的な部分から志まで、浅利先生の遺された教えを通してたくさんのことを学びました。直接お会いすることは叶いませんでしたが、浅利先生の言葉を道しるべとして心に刻んで、「よく頑張っているな」と思っていただけるような俳優になれるように、先生が遺された教えの一つ一つ、言葉のかけらを集めて宝物にしようと日々書き留めたりしています。

 

――お二人とも、今日は貴重なお話をたくさん聞かせてくださり、ありがとうございました!ますますのご活躍を期待しております!!

 

舞台や演劇に対する熱い思いを真摯なまなざしで語ってくれたお二人。ジロドゥの生み出した言葉の美しさとそれを突き詰めた俳優の熱い芝居をぜひ劇場で体感してほしい。

 

「オンディーヌ」

日時:2023年4月29日(土・祝)~5月6日(土)

場所:自由劇場(〒105-0022 東京都港区海岸1-10-53)

チケット:全席8,800円(税込)

主催:浅利演出事務所/協力:劇団四季

公演の詳細はこちらから

 

(池田衣玖)