言葉を交わさずとも他人の考えていることが分かる。漫画の中でしか存在しえなかった世界が現実になるかもしれない。
人の気持ちを可視化する感性アナライザ
慶大理工学部の満倉靖恵教授は、人の気持ちを可視化する「感性アナライザ」を開発した。装着した人の脳波を読み取り、世界初、リアルタイムでの人の感情計測が可能だ。興味、好き、ストレス、集中、沈静の五つの項目で測定し、三十五種類以上の気持ちの変化を捉える。人の感情を特定することを目的とした装置や手法は以前から存在した。しかしリアルタイムで測定できるものはなく、また計測するために大掛かりな準備を必要とすることもあった。感性アナライザはヘッドセットを頭に装着するだけでよく、加えて従来のものよりも正確なデータを収集できる。まさに画期的といえる発明だ。
感性アナライザの応用
「感性アナライザ」のそうした特徴は様々な分野での活用が期待される。市場では既に、脳科学分野の研究を活用して消費者のニーズを探る「ニューロマーケティング」の一環として活用されている。顧客が商品や広告に対しどういった印象を持つかを知ることができるため、より効果的な商品開発や広告掲載に繋がる。医療や介護といった分野への導入も期待される。意思疎通の困難な患者が、施されるケアに対して実際はどう感じているのか。喜んでいるのか、それとも何か不満な点があるのか。それが分かることでより適切な応対が可能になる。また治療や介護が一方通行であるような感覚が薄れるため、ケアする側の、相手からの反応が返ってこないことによる精神的負担も軽減できる。
脳波研究の更なる可能性
満倉教授によれば脳波を用いた研究には更なる可能性があるという。一例として鬱病を挙げた。「鬱病などの精神的な病は時や場所で状態が変化するために診断が難しい。これから更に研究を進め、つけていることを忘れるような、常時装着可能なデバイスを開発出来れば、鬱かどうかの診断が容易になり、多くの人を救うことになる」と今後の発展性について語った。「感性アナライザ」は文字通り「感性」を読み取る。感性は文化を初めとしたバックグラウンドによって変化するものだ。満倉教授はその解析を試みる研究を、人と人との認識の齟齬や文化の違いによる差を埋めることにも役立つと考えている。昨今重要視される異文化理解にも多大な影響を与える研究と言えるだろう。
研究の道に不可能はない
「他人がなにを考えているのか知りたい」、満倉教授の研究の出発点はそんな誰にでも起こりそうな欲求だった。その思いのもと約二十年、人の気持ちを可視化する研究に尽力した。感性アナライザは脳波を計測することでリアルタイムでの感情の可視化を可能にするが、そうした手法も試行錯誤の結果見出されたものだ。満倉教授は感性アナライザとそれに関する、ひとの心を解析する研究には無限の可能性があると語る。限りがないからこそ、これから育つ若い世代の活躍にも期待しているという。「不可能なんてないと思うんです。私の研究は到底実現できないと思われるものでしたが、二十年後にちゃんと実現出来ました。不可能と思えるようなことでも、実現できると思い続けることこそが、可能への入り口となります」。研究の道を志す人にはもちろん、高い目標を持ち日々努力を重ねる全ての人に伝えたい言葉だ。
(姫野太晴)