近頃、学校教育から離れた後も生涯を通じて学び続ける「リカレント教育」が注目を浴びている。今回は、慶應丸の内シティキャンパス(以下慶應MCC)を含む数々の機関でリカレント教育を行っている、慶大名誉教授の池尾恭一先生に話を聞いた。

慶大とリカレント教育

慶大はリカレント教育の先駆的な役割を果たしてきた。福沢諭吉以来親交が深かったハーバード大学から教授が来日し、1956年に「高等経営学講座」を開講したことが、慶應のリカレント教育の始まりだ。また、1978年には日本で初めてMBA(経営学修士)を開始した。

変化する国際社会に追いつくための学び直し

リカレント教育が注目を集めている理由は、ビジネスで必要とされるスキルが高度化しているからだ。さらに、急速に変化する国際社会の中では、その変化についていかなければならない。ところが日本企業は変化に追いついているとは言えず、平成の約30年間の間に凋落してしまった。

世界の時価総額(会社が持つ株式の総額)ランキングを見ると、1989年の時点で50社中32社がランクインしていた日本の企業は、現在1社のみだ。「変化に追いつくためには、一人一人が新しいノウハウ学び続けていかなければならない。活力のある日本を取り返すためには、リカレント教育が必要なのです」

リカレント教育の受け入れ体制が不十分な日本

現在日本では、リカレント教育に対して企業や個人への様々な支援が行われている。しかし、日本の企業では、リカレント教育を受けた人材を受け入れる体制が十分に整えられていない。「学校あるいは学生は、教育の成果をビジネスで活かせるよう心がけなければならないですし、企業や社会は、そのノウハウを社内で活用して、報酬などに反映させるような仕組みにしていかなければなりません」

ビジネスにおける「リベラルアーツ」の重要性

リカレント教育において実践的な学びが重視される中で、人文学系の学問分野を含む「リベラルアーツ」の学びはどのような立ち位置にいるのだろうか。「リカレント教育が求められるほど、リベラルアーツは必要になる。すぐに役に立つ学びがリカレント教育の中心になっていることは事実だが、単に経営のスキルを覚えるだけではなく、教養としてのリベラルアーツを押さえておくことは、ビジネスにおいても非常に重要です」実際、慶應MCCでは「agora」という講座群の中で、文学や歴史、芸術など多様なテーマを扱った講座が開講されている。

学び直そうとする意識

リカレント教育では「目的意識」と「危機感」が大切だと池尾先生は考える。リカレント教育で学べるスキルは極めて実践的である。だからこそ、時間とお金を無駄にしないためにも、何を身に付けるべきかを考え、キャリアプランを設計する目的意識を常に持つべきだ。また、学びなおす動機となるのは今の日本の現状を正確に認識し、健全な危機感を感じることだ。「大学での勉強は、問題意識を醸成できるようなものになっているはずですから、大学生は特に、日本は今のままで良いのだろうかという問題意識を養う姿勢が必要だと思います」

コロナ禍で将来に不安を感じる人は多くなった。リカレント教育は、将来の可能性を広げる手段としてより重要な役割を担うだろう。

池尾恭一名誉教授

(堀内未希)