【プロフィール】
鈴木涼美(すずき・すずみ)さん
慶大環境情報学部を卒業後、東京大学大学院学際情報学府で修士課程を修了。その後日本経済新聞で記者として働き退職後の現在は作家として活動。著作『ギフテッド』は第167回芥川賞候補となった。1月14日『グレイスレス』が文藝春秋より発売。
経歴について
――大学院卒業後、新聞記者という職業を選択された理由について教えてください。
大学はどちらかというと閉塞的な場所なので、一回就職という形で外に出ようとは思っていました。でも、メーカーとか商社は、文系の院生にはあまり門戸が開かれていなくて。もともと社会学を研究していたこともあって、マスコミ系とかコンサルティングを視野に入れるようになりました。あとは学生生活が長かったので、毎日毎日同じ時間、同じオフィスに出勤する自信がなくて(笑)。マスコミだと日によってスケジュールが違うイメージがあったし、新聞記者も外に取材に出るので時間も場所もバラバラかなっていうかなり簡単な理由で決めました。
――小中はカトリックの女子校に、高校は都内の私立校に通われるなかでなぜ「夜遊び」を始めようと考えたのですか。
基本的に、非常に限られた中ではありますが中学生の頃から不良っぽいタイプではありましたね。当時、渋谷に女子高生がたくさん溜まって「コギャル」全盛期みたいな時代だったこともあって、自分の中のエネルギーを消化しきれなくて。ただまあ、基本的にはそれなりに保証された生活があるから、余ったエネルギーを多少不良の道に使っても人生そこまで狂わないだろうっていう打算があったからこそできたんでしょうね。帰る場所があるから、そこから逸脱できるっていう。それなりにいい生活を送りつつ、逸脱系人生を同時にやってるイメージでした。今よりも国全体に余裕があったっていうのもありますけど。
――鈴木さんにとって学びの意義とは何ですか。混沌とした生活を送る中でも学び続けようと思った原動力について教えてください。
「プリティ・ウーマン」(1990 米映画)の影響が大きいです。高校3年生当時、マルキュー(109)のカリスマ店員が流行ってて。いいなーオープニングスタッフに応募しようかなーとも思ってたんですけど、プリティー・ウーマンの中で主人公の娼婦の女性が静かな差別を受けている様子を見て、大学進学を決めましたね。こう華やかな世界に惹かれるからこそ、隠れてそれをやりつつもしっかり教養を身につけたいなって思いました。
――受験・就職など人生における大きな選択を迫られる時、大切にしていたことはありますか。
後で役に立つだろう、みたいなことは考えてなかったですね。未来のために今があるってあまり思えないタイプでした。これをやっとけば後々役に立つだろうっていうのはすごく計画的なようでいて、やっぱり時代も変わりますし。コロナだってそうですよね。予定をあんまりしっかり作ってしまうと、それが狂ったときちょっと凹むじゃないですか。大学進学も映画の影響で決めるし、就職も学生だと「なんか舐められてる気がするから」って理由で決めるし、結構感情で生きるタイプですね(笑)。
執筆業について
――『ギフテッド』はご自身8年ぶりの小説です。エッセイとは違う物語を書く上での難しさは何かありましたか。
まとまった小説として商業的に出版したのは初めてでした。エッセイは今までにいくつか出していましたが、エッセイって基本的に私の直接的な言葉であって、私が責任を持てるんです。でも小説は、自分自身が作り上げておいて自分じゃないものに語らせるのが難しかったです。こういうことを伝えたいっていう根幹にある想いは同じなんですけどね。
――小説を書くうえで読み手側に期待していることはありますか。
私は読者の頭の良さを信用していますね。難しい文章とか、これみんなどうせわかんないだろうからって思わずに「わかってくれよな」っていう信頼関係を読者と結びたいな、というように思ってます。隠れたパロディとかオマージュを隠した時は、気づいてくれよって(笑)。人によって読み方が分かれる可能性がある小説っていうのは、面白い小説だと思っているので読み方が決まってないような小説を書きたいですね。
女性の生き方について
――女性として、元AV女優として、元新聞記者として、作家として様々な「肩書き」を持って生きてきた鈴木さんは現代社会についてどうお考えですか?
改善すべき制度はいっぱいあるけども、それが改善したところで現代に蔓延る悩みって解決されるんですかね?するしないの自由がある中で、それでも感じる「私はこのままでいいんだろうか」って悩みは社会制度が支えてくれるものではないんですよね。伝統的な家族観とか、恋愛観に縛られてる自分がある限りは、悩みは続く…っていう感じがしますね。あとは、女性が「エリートコース」を歩むことが可能になっていく時代の中で、可愛がられたいのと、尊敬されたいのと、両方されたいみたいなところはすごくありましたね、ずっと。
――男女で二分化されていた一昔前と比べ、現代は女性の二項対立化が進んでいることは、私も感じておりました。詳しくお話しください。
社会的な成功とかなり違うところにあるから、分裂せざるを得ないんだと思うんですよね。自分のことを満たせない、 複雑な自尊心みたいなのが必ず女性にはあると思う。「社会を強く生きる女性」と、「男性から可愛がられる女性」。どっちかに重きを置くと、どっちかに後ろ髪引かれるっていうところはあると思うんです、どちらが正解でどちらが間違いってこともないですし。一昔前の女性は、具体的に選択肢がなかった時代になんとか突破口を見つけましたが、この分裂っていうのは現代女性の引き受けなければいけない問題かもしれませんね。
――2014年の著作「身体を売ったらサヨウナラ」での性風俗に対する明るい語りとは対照的に、「ギフテッド」では性風俗に対してやや哀愁を感じさせます。7年間で何か心情の変化はありましたか。
やっぱり年を取るにつれて、当事者として夜の世界にいた時間から離れて、その時の自分っていうのが、今の生身の自分とだいぶ改離してくるので。もちろんその時代は私の尊い青春時代でした。それに当時は、世間で語られてる印象と実際の私たちの生活はだいぶ離れて書かれてるなって思ってて、夜の世界の中でも「普通の日常」みたいな方を書きたいって思っていました。でも反抗期が終わって、例えば親や先生と意見が一致したとしても、悔しくない年齢になってしまったので、そこに逆らう視点が和らいだってのはあるかもしれないです(笑)。
――AV女優として働いた経歴によって不利益を被った経験はありましたか。
最初のうちはそれこそテレビに出たら「教育上悪いのでやめてください」みたいなご意見が届くことはありましたね!でもそれ自体にはあまり傷つかなくて。それよりも、むしろ好意で「元AV女優の」って紹介されるときに、仕方ないとは思いつつ、そればっかり言われるとちょっとな、と思う時はありましたね。今は別にそんなに嫌だとは思わないんですけど、同じ経験を持つみんながこうだったらちょっとかわいそうだなというか。当時の選択をそれなりに後悔してる人だって多いですし。そんな弱音を吐けば、それ自分が出たいと思って出たんでしょっていう風に言われるから、弱音が吐けないみたいな辛さはあるんじゃないかなと思いますね。
ただ、私は経歴が特殊だからこそ、大多数の代弁者とならなくて済む気楽なところはありました。だからこそ、これは私の個人的な経験であって、何かを代表しているわけではないっていうのは強調してきましたね。
最後に
――塾生に一言、お願いします。
あえて特に女の子に言えば…。悩みがあるとか、生きづらいって思っているとしたらそれが正解だと思うんです。選択肢があるってことは、どれかを選択したときに、他の人が持ってて自分が持っていないものが出てくるのは当たり前ですし。逆も然り。悲しい夜もあれば悩んで眠れない夜もあると思いますが、眠れない夜がある人ほど、ちゃんと世界が見る感覚を持っていると思うんですね。だから、悩むこととか、悲しむことをネガティブに捉えないで、生きていてほしいなと思います。
最後に、人生において最も影響を与えた本として、著金井美恵子『愛の生活』を熟考の末挙げられた。筆者も読み、そのまったりとした濃厚な文体をやや苦戦しながら味わった。昨今好まれるような「さくっと読める」小説ではないが、鈴木さんが作家を目指すきっかけとなった、ターニングポイントとなる本である。その理由とも言える、「木曜日は本曜日」内での「難しい本も読む必要がある」という発言に対し、鈴木さんは以下のように話した。「わかりやすさが重要視される場面もあるが、小難しいものにかじりついて考える力を人間は持っているので。難解で長い文章にもたまには触れて欲しい」
『ギフテッド』では、主人公の細部にわたる繊細な感情をあくまでも客観的に、冷静に描いた鈴木さんだが、ご本人は「自身の真の欲望を見つけ出すのがうまい」感情派の方だった。
綿密な人生プランを設計しても不可抗力で覆されるこの現代。先行きを伺うだけでなく、自分の感情を伺うことも大切にしようと、一後輩として勇気をもらった。
(小島毬)