昨年7月から始まり、赤坂ACTシアターにて現在無期限でロングラン上演中の舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』。「ハリー・ポッター」シリーズの8作品目となるこの舞台は、完結した原作小説から19年後を描くハリー・ポッターの新たなストーリーだ。中心人物となるアルバス・セブルス・ポッター役に抜擢されたのは、2022年3月に慶大経済学部を卒業した藤田悠(はる)さんだった。演劇に向き合い続けた塾生時代を振り返りながら、本舞台で夢のプロ俳優デビューを果たした今の思いに迫る。
演劇に力を注いだ学生生活
――俳優を目指したきっかけを教えてください
幼い頃から人前で何かをするのが好きな方で、俳優さんにも憧れを抱いていました。中高の文化祭でクラスの出し物として劇をやったんですけど、その時に演じることの楽しさを知って。大学では新しいことを始めようと思っていたので、慶大入学後、本格的な舞台演劇ができるサークル「創造工房in front of.」に入りました。
――「創造工房in front of.」での思い出をお聞かせください
大学1年の6月に参加した新人公演で主役に選ばれてから、所属していた6年間で全35公演に参加しました。役者は本番だけでなく、照明や音響と合わせる「場当たり」や通し稽古などにも参加しなければいけないので、朝9時から夜9時まで稽古、みたいな生活をずっと送っていて……。とにかく演劇に力を注いだ学生生活でした。企画によっても雰囲気や集まる人が全く違うので、同じ団体に所属していても、企画が一緒になった時に初めて喋る人もいれば、毎回同じ企画に参加して共演する人もいて、そういった環境は結構新鮮でした。
――サークル時代の公演を振り返ってみての感想をお聞かせください
完全にやり切れたぞっていう公演は数えられるくらいしかないですね。同じ演目でも毎公演ベストを更新することはやはり難しくて。そういう意味だと一個もないですね(笑)。公演自体や自分自身の演技に納得がいかないことも何回もあって、そのたびに立て直して新しいものを作る。それの繰り返しができたので、良い大学生活だったなと思います。
――学生演劇とプロの違いは何でしょうか
学生演劇は脚本を一から書くので、作品が世の中にまだ生み出されていない状態から作品作りに携われる。どの立場でも、みんなで意見を言い合って、一つのものを作り上げていくという感覚がありますね。劇の内容だけでなく、演出やお客さんの反応などが相まって、小屋の中で初めて作品が完成される。この過程にダイレクトに関われる感じが学生演劇にはありますね。一方で、プロは演出家や役者、衣裳、音響照明などの住みわけがしっかりなされている。でも演劇で人を楽しませたり感動させたりするということは共通していると思います。
「好きなことを仕事にしたい」、現実との葛藤
――役者を辞めたいと思ったことはありますか
3年生の時に企画責任者になって、新人公演の演出を担当していた時期は演劇作品に携わることが辛かったです。今まで役者しかやっていなかったので、演出者としては経験も実力も不足している中で1年生を引っ張らなければならず自分の技量不足を実感していました。ただ、上手くできなかったり自分のやりたいことに到達していないと思うことはあっても、役者を辞めたいと思ったことは一度もないかもしれません。
――大学生にとって、将来の選択を迫られる時期は日々葛藤の連続だと思います。藤田さんはどのようにしてこの時期を乗り越えましたか?
4年生の時は就職かこのまま俳優を続けるかで悩んでいたので、事務所のオーディションを受けつつ、並行して就活もしていました。でもモチベーションに明らかな差があって、「就職したところでずっと未練が残るんだろうな」と。そこから俳優業を続ける方向にシフトして、両親を説得し、俳優の道に進むための期間として、1年間留学&1年間休学という道を選びました。休学中はミスターコンに出場したり、映像系の養成所に通ったりとさまざまなことにチャレンジをしながらオーディションを受けていたのですが、その頃は結構きつかったです。そもそもオーディション自体があまりないのでチャンスが少ない上に、なかなか合格をもらえなくて。メンタル的にもだいぶ落ち込んでいる時に、舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』のオーディションが一般公募で開催されていたんです。「このオーディション、本物か?」って疑いつつ、応募しました(笑)。
舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』アルバス・セブルス・ポッター役にせまる
――アルバス役オーディション時のエピソードをお聞かせください
コロナ禍ということもあり、毎回審査から通過の連絡が来るまでの期間が大きく空いていてとにかくオーディション期間が長かった。最終審査がいつまでなのかも教えてもらってなかったんです。でもオーディションを受けている時からあまり落ちる気がしていなくて(笑)。3次審査で後悔の残る演技をしてしまったので、それ以降は全部出し切ったといえる演技をしようと思って臨んでいました。
――アルバス役に合格したときの気持ちをお聞かせください
合格した当初は全然実感湧かなくて。もちろん嬉しかったんですけど、現実味がなかったんです。海外のスタッフの方が日本にきて、丸1日かけて衣裳合わせをした時に、はじめてアルバス役に合格したことを実感しました。
――魔法界の英雄と評されるハリー・ポッターの次男として、さまざまなことに葛藤しながら生きるアルバス。藤田さん自身と似ている点などはありますか?
普通に日々生きていると、理不尽なことは起きたりしますよね。アルバスも家庭の中で理不尽な境遇に立たされている中で、彼なりに頑張って戦っているところに共感できる部分があります。また、理不尽な境遇に立ち向かっているという点は、名だたるキャスト軍の中でデビューしたての新人俳優という自分の立ち位置にも通ずるものがありますね。
妥協せず毎公演に向き合う
――世界的に注目されている舞台での役者デビュー。絶賛ロングラン中の今のお気持ちをお聞かせください
世間の評判はありますが、面白いものを作りたいという根本の部分はずっと変わらないです。その規模が大きくなっただけで、やること自体は変わらない。役者っていうポジションにのみ集中して、「どうしたらもっと面白くなるか」を常に考えながらひたすら毎公演に向き合って今日まできています。学生演劇は演出に関してもフランクに話し合いができたんですけど、今はそうではなくて。相手の役者の方が出してきた演技に対して自分がどう返すか、このやり取りの中で最高値を叩くにはどうすればよいかを考え続けていますね。
――自分の中で曲げたくない信念などはありますか?
ロングラン公演は体力をものすごく消費するので、とても疲れるんですよ。疲れていると心も動きづらくなるので、演技の鮮度が落ちてしまう。妥協しようと思えばできてしまう中でも、絶対にあきらめない、妥協したくないという気持ちで登板しています。
――藤田さんの思う演劇の魅力はなんでしょうか
お客さんを楽しませるというのは一種の商業的な感覚です。でも、究極的なことを言うと、戯曲があって、それをやる俳優がいて、お客さん、つまり第三者の視点がいる。そういった空間が成立していれば、この状態がもうすでに芸術的だと思うんです。この空間の中で、他の役者と良いやり取りをして「もしかしたらこれが1つの正解かもしれない」って思う瞬間が楽しい。
自分も相手の役者の良い演技ができて、空間がすごいものになっていって、お客さんもそれについてきてくれているっている状態を生み出せた時が最も価値を感じる瞬間。これが好きで、演劇を続けています。
――現在の活動に、慶大在学時の経験はどう活きていますか?
大学で演劇を初めて、ひたすら演劇を作って、最終的に今大きな舞台に立っているので、大学での経験がそのまま活かされていますね。
――塾生へのメッセージをお願いします!
僕は今たまたま好きなことを仕事にできていますが、やりたいことをすぐに見つけるのは難しいと思います。将来のことについて「決めなければいけない」と思って決めるよりも、少しでも「良いかな」と思ったこと、興味のあることを続けてみるのがおすすめです。
【プロフィール】
藤田悠 ( ふじた・はる )さん
1997 年 6 月 14 日生まれ。ロンドン出身。慶大経済学部入学後、演劇を始める。舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』アルバス・セブルス・ポッター役でプロ役者デビュー。舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』は公式 HP にてチケット好評発売中。
https://www.horipro.co.jp/fujitaharu/
- 舞台「ハリー・ポッターと呪いの子」HPはこちら→
https://www.harrypotter-stage.jp/
(義経日桜莉)