振り回したバットが見事に捉えた球は、乾いた打球音をあげながら澄み切った大気に放物線を描いた。わあっと歓声を湧かせる明治神宮球場の主役は、死闘を繰り広げる両校の選手たちであろう。しかし、慶早戦を慶早戦たらしめる脇役の存在を忘れてはならない。三塁側のアルプススタンド前方。鋭利な秋風に立ち向かうように、選手へ声援を送る塾生の姿があった。

今年6月から新体制を迎えた慶大・應援指導部は、チアリーディング部と吹奏楽団の2部門で構成されている。試合当日は、代表者が塾旗の掲揚を担う。試合中はもちろん、その前後でも彼らは音楽を奏で、チアダンスを踊り、大声で球場全体を鼓舞する。

新型コロナウイルスの感染拡大により、ここ数年は満足のいく活動ができなかった。今回、3年ぶりに内野外野ともにメイン台が設置され、その上での應援が実現した。コロナ禍で失われた慶早戦文化を取り戻し、より塾生に身近なものへと昇華するには絶好の機会である。

應援指導部所属、応援企画責任者でもある乃坂龍誠さん(政4)は、こう語った。

「野球應援というメインのイベントは、今日で最後になります。内野のメイン台で応援できるのは、自分が一年生の時ぶり。まず、その環境を整えてくれた関係者の方々、部員のみんなには感謝の気持ちでいっぱいです。そして、きのう土曜日は悔しくも負けてしまった。やっぱり、(慶早戦は)早稲田に勝つということに意味があると思うので、今日はしっかりと勝利を獲得していきたい。試合後に部員のみんなが笑顔でいられるような、そんな応援をしていきたい」

内野席メイン台に立つ乃坂さん(中央)

慶應義塾高校3年時、應援指導部として春夏の甲子園に立った乃坂さん。応援席での一体感やスタンドからの景色が忘れられず、大学でも入部を決めた。慶應の応援が好きで、自分達にしかできない応援を作りたいと思っていたのだという。應援指導部が得意とするのは、「気合い」と「ロジカルさ」の両立。懸命な声出しだけでなく、試合展開に合わせた応援を心がけている。たとえば、「ダッシュケイオウ」という野球の応援歌があるが、相手のピッチャーとキャッチャーが耳打ちしあっている時にはあえて吹奏楽の音量を下げたり、メイン台のチアダンスをやめたりしている。そうした緩急をつけたロジカルな応援は、慶大独自の強みであろう。

勝利が厳しいと言われていた試合で白星を飾った際、體育會部員から「應援指導部がいてよかった、ありがとう」と声をかけてもらった。感謝は、應援指導部における全ての原動力になっている。コロナ禍で準備や業務が大変だった時も、野球連盟や野球部員、各サークル、学生部など慶大内外のありとあらゆる関係者の協力のおかげで、應援指導部の活動が成り立ってきた。また、慶早戦では、早稲田の存在も大きい。「早稲田がいてこその、慶應」。乃坂さんは、改めてそう話す。

四、五十年来のベテランファンから制服姿があどけない幼稚舎生まで、普段はバラバラの個人でも応援では一体感が生まれる。独立自尊でありつつも、応援となると社中一体となる。それが慶應の応援の魅力である。今年12月に引退する乃坂さんは、来年度以降の應援指導部へ向けてこう述べた。「後輩には、全てに誇りを持てるようになってほしい。自分自身へはもちろん、慶應義塾や各體育會、OB・OGに対しても。残された時間を悔いなく過ごし、一つ一つの行動を心がけていれば、おのずと誇りをもてるはず」。乃坂さんのその言葉からは、部をまとめあげた一人の塾生の英気と達成感が見てとれた。

應援指導部は、あくまでも花を添えるサポート役。球場のカクテル光線も、彼らを中心に照らすことはない。それでも、打楽器の律動と奮励のコール、チアダンスの躍動と管楽器の旋律とで、緊張と熱狂が入り混じる乱雑なスタジアムを秩序立てるのは、他の誰でもない應援指導部である。四方八方へ規則的に振り上げられる旗は、流動的でとりとめのない情に揺さぶられる観客に、一本の筋道を示してくれる。まさに、義塾の精神でもある「全社会の先導者」として、新たな道を切り開く使命を背負う部にふさわしい。

今秋の慶早戦は2連敗を喫し、惜しくも3位で幕を閉じた慶大野球部。試合後、選手らは三塁側内野席の前に整列し、一礼した。應援指導部と観客は、それに拍手と励ましの掛け声で応える。今からちょうど77年前の1945年11月、神宮球場にて戦後初の慶早戦が行われていた。焼け野原と化した日本で、虚脱状態にあった人々を奮い立たせた應援指導部。瞳を乾かすほどのその情熱は、再開発によりビルが取り囲む球場で、ひたすらエールを送り続ける現在の部員たちにも、確かに受け継がれている。

 

(野田陸翔)


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