洗練された美しい打撃フォームから飛び出す弾丸ライナー。ケガをも恐れぬダイナミックな外野守備。スターとはまさにこの人のことであろう。かつて、神奈川の名門・桐蔭学園高校から鳴り物入りで慶大に入学し、1年春から主力として活躍。4年次には主将として春のリーグ戦優勝に導いた。在学中に放った本塁打数は23本。この数字は当時の六大学野球本塁打数記録を塗り替え、今でもこのレコードは破られていない。

卒業後は読売ジャイアンツにドラフト1位で入団を果たした。開幕戦初球先頭打者本塁打などファンの記憶に残る鮮烈な活躍を見せ、松井秀喜や上原浩治、阿部慎之助といった名選手たちとともに巨人軍黄金時代の立役者となった。背番号24番は今でも彼の代名詞となっている。

現在はジャイアンツの監督を退任し解説者として、現場から一歩離れた場所で野球界を支える高橋由伸氏。そんな彼に、「できることなら、もう一度戻ってプレーをしたい」とも語る慶大時代について、さらに自身の今後の進路についての話を聞いた。

 

慶大進学の理由

六大学を代表するスターとして、神宮球場のファンを湧かせてきた高橋氏。数ある大学の中で慶大を選んだ訳について彼はこう語った。

そもそも、桐蔭学園高校が進学をメインにした学校というのもありましたが、やはり、当時NHKで中継されていた早慶戦で、野球部の先輩たちが活躍している姿を見て、神宮という舞台で自分もプレーしてみたいと思ったのがきっかけでした

高校時代から主力として甲子園出場を果たすなど、プロ入りの選択肢も残されながらも、野球部の先輩の存在や、神宮への憧れが慶大進学への後押しとなった。

また、慶大野球部の特徴的なチームスタイルも進学への決め手の一つだった。

個々の選手が自分で考えて主体的に行動する、というエンジョイベースボール“(慶大野球部で受け継がれてきた野球論のこと)を代表とするチームの方針に大きな魅力を感じました

慶大での日々

学生の本分は勉学である、といわれる中で、野球と学生生活を両立しながら過ごせたことは大きかったです

体育会の生徒であれば、授業に出なくともよいという形態を取る大学も存在する。一方、学業を含めた学生生活と野球の二刀流で過ごした慶大での日々は、かけがえのない財産だと振り返る。

 

やはり、4年の春に優勝できたことが一番の思い出です

当時の慶大は、長らくリーグ戦優勝から遠ざかっていた。その中で、彼は四番キャプテンとしてチームを牽引し、慶大は9季ぶりとなる栄冠を掴み取った。

自分たちの代が優勝できた唯一のシーズンだったので、その経験はとても嬉しかったし、後輩たちにもそういった姿を見せることができて良かったです。なにより、120人近くの部員が、一つの目標に向かって一丸となって戦えたということは、とても貴重な経験になりました

早慶戦への思い

あの舞台に立てたことは本当に幸せでした

あくまで早慶戦はリーグ戦のうちの一つに過ぎないという前置きはしつつも、早慶戦にかける思いは特別だと語る。

六大学野球の最終週に早大、慶大の二校が試合をすることができるということは、とてもありがたいことです。この伝統はこれからも守っていかなければならないと思っています

三田でのキャンパスライフ

法学部政治学科に所属し、三田キャンパスに通っていた彼だが、田町駅にお気に入りの場所があったと懐かしむ。

「もうなくなってしまったのですが、ペナント』という喫茶店があって、授業の合間によく仲間とご飯を食べたりしていました」

さらに、今もお昼時に学生が賑わう三田キャンパスの『山食』にも、もちろん足を運んでいた。

野球部はリーグ戦が終わった後に山食で打ち上げをしていたので、山食の方々にはよくお世話になりました。山食カレーを食べていたことを覚えています(笑)

スランプ時の考え方

プロ通算で321本のアーチを架けた高橋氏。多くの解説者は、彼の打撃技術を天才的」と表現する。そんな彼も不振にあえぐことは少なくなかった。

「(スランプの)対処法があれば苦労しませんよ(笑)スランプに陥った際は、現実を素直に受け止めて、いかに客観的に自己評価できるかだと思いますね。その中で努力はしていくのだけれども、野球はもちろん相手がいるスポーツなので、いかにして自分がコントロールできる範囲のことをやっていくかだと思います」

 

今後について

ジャイアンツの監督退任後は解説者として、野球界の振興に一役を買っている高橋氏。自身の今後の進路について、こう語った。

「ジャイアンツの監督を再び務めるか、そうでないかということは自分でコントロールできることではないので、そこに関して言いづらいというのはあります。ただ、野球界に育ててもらった身としては、『また巨人の監督を務めてくれ』と頼まれる人間でありたいと思います」

 

慶大での指導者という道についても聞いてみた。

「大学の監督はプロの監督と違って、教育など色々な要素が絡みますし、スタッフもプロと違って少ないので、とても大変そうだなと思います。自分の全てを捧げなければ務まらないと思うので、自分にその覚悟があるのかなという感じです(笑)」

塾生への一言

自分自身は卒業生の中では若いほうですが、年齢を重ねるにつれて、色んなことを学び、ネットワークも広がった大学4年間が『とても貴重な時間だったな』と改めて思います。皆さんも将来のために、有意義な時間を過ごしてほしいなと思います

 

【プロフィール】

高橋由伸 (たかはし よしのぶ)

 

1975 年 4 月 3 日生まれ。桐蔭学園高等学校を卒業後、慶應義塾大学に入学。23 本の本塁打を放ち、六大学リーグ本塁打記録を更新した。ドラフト 1 位 で読売巨人軍に入団後は、4 番を務めるなど主力として活躍し、ベストナイン に 2 回、ゴールデングラブ賞に 7 回選出された。通算安打数は 1753 本。 2015 年限りで 18 年間の現役生活を終えると、すぐに巨人軍の監督に就任。 2019 年からは読売巨人軍球団特別顧問として野球解説などに携わる。

 

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