青い海、白い雲、熱すぎる砂、持っていったのに使わなかったビーチボール、三口で飽きる焼きそば、水っぽいかき氷、帰りに後部座席でする居眠り。夏の海といえばこのような楽しい光景ばかり浮かんでくるものだ。 この夏こそそんな思い出をと意気込む読者も少なくないのではないか。しかし、海にはそんな楽しい記憶も霞むほどの危険が潜んでいることをご存知だろうか。

それが「離岸流」である。離岸流は海岸の浅瀬から沖に向かって発生する潮の流れのことで、向岸流・並岸流と共に波の循環を構成している。これだけ聞くと単なる自然現象のようにも思えるが、離岸流の危険性は他の潮流とは一線を画している。沖に向かって発生する強い流れが、波打ち際に戻ろうとする人を押し戻すため、 遊泳者が巻き込まれてそのまま命を落とすことがあるのだ。

海上保安庁の発表によれば、2019年時点から過去10年間で水難事故に遭遇した224人のうち、47人が離岸流の影響を受けている。対応を誤れば死に直結しかねない恐ろしい現象であるにもかかわらず、特段危険視されることも周知徹底などの対策を取られることもないのが、その主な理由だ。

では、実際に離岸流に巻き込まれたとき、我々はどうすればよいのだろうか。離岸流は急流で、その流れに逆らうことはほぼ不可能だ。ただその規模は幅10~30メートルとそこまで大きくはないため、自力で脱出すること自体は可能である。したがって、身の危険を感じても慌てず、岸と平行に移動したり岸から離れて流れが弱くなるのを待ったりすることで、比較的容易に流れから抜けられる。また、岸に戻る際は流れから見て斜めに向かって泳ぐことを心掛けねばならない。

離岸流から無事に生還する上で重要なのは、単純な泳力ではなく、平常心と判断力だと言える。もし泳ぎに自信がなければ、下手に動かず助けを呼ぶべきだが、事故の発生を防ぐという意味では、そもそも沖に入っていかないのも手だ。

夏の海での楽しい経験が最後にならないように、いつか懐かしく思い出せるように、離岸流には細心の注意を払い適切な処置をとれるよう心掛けたい。

(松野本和央)