今日、大学生の約半数が奨学金を利用していると言われています。しかし、奨学金の仕組みは複雑で、理解しがたい部分が多くあります。そのような方に向けて、奨学金の基本から返済方法、狙うべき種類について奨学金アドバイザーの久米忠史さんに聞きました。
慶應の奨学金制度
奨学金は家庭の事情などにより経済的に進学が難しい学生に学費の付与や貸与を行う制度だ。最も知られている奨学金は「独立行政法人日本学生支援機構(JASSO)」のもので、官民さまざまな種類がある。奨学金は主に貸与型(有利子・無利子)と給付型の2種類で、有利子貸与型が最も多くなっている。申し込みは高校のうちに申し込む予約採用と進学してから申し込む在学採用があるが、どちらで採用されても入学金の納入前に奨学金が支給されることはないため注意しておこう。貸与型の場合、返済が必要になるため将来のことも考えて申請する必要がある。慶應義塾大学の奨学金は塾生サイトにある「2022年度版慶應義塾大学奨学金案内」にまとめられていて、特に慶應義塾大学は三田会をはじめとするOB・OGの方々によって民間の奨学金が非常に充実している。
日本の奨学金の歴史
日本の奨学金の歴史は1943年まで遡る。時は太平洋戦争真っただ中で、学徒出陣の年だ。学生生徒の徴兵が始まり、人材育成が急務となった。そこで、国家的育英事業を実施する特殊法人として大日本育英会が創設され、初めて奨学金が誕生した。導入にあたって給付型と貸与型の議論があったが、戦時中で戦費がかかっていたことから貸与型で始まることになり、より多くの学生に機会を与えるため「無利子奨学金」となった。その後、1953年に日本育英会と名称を変更し、戦後にも奨学金制度は引き継がれていく。
ところが、1984年に突如「有利子奨学金」が導入されることになった。学費高騰と高等教育への進学率の増加によって、奨学金を借りるひとが増えたことが背景にある。当初、有利子奨学金は無利子奨学金の補完として始まった。しかし、無利子の原資が税金であることと、有利子を利用しても将来得られる本人の利益のほうが大きいという認識が強かったことなどが影響し、国の奨学金に対する財源は変わらず無利子は増加しなかった。
2004年には、天下りなど問題を多く抱えていた特殊法人の改革が行われ、日本育英会は他の4組織と統合され日本学生支援機構に改編される。2008年頃になるとリーマンショックや就職氷河期も重なり、奨学金に対する批判が強まってきて、奨学金制度は国会でも奨学金のあり方が議論される機会が増えた。そして、ついに2017年から給付型奨学金が始まった。2016年の18歳選挙権導入による影響が考えられる。しかしながら、現在も財源は少なく有利子奨学金が圧倒的に多いことや、これまでの累積による制度の複雑化など奨学金制度は多数の問題を抱えている。
日本の奨学金の変化
世界には主に3つの教育主義がある。1つ目は、北欧諸国などの福祉国家が採用する福祉主義だ。福祉主義は、「教育は国家の財産であり、よき納税者を増やすために行うもの」と考え、給付型を中心とした社会全体で子供を支える制度を目指す。2つ目は、アメリカなどの個人主義だ。個人主義では、「教育によって得られる収入は個人が得るものだから教育費も個人が支出するもの」とされ、学生ローンなど個人に委ねる制度がベースとなっている。3つ目は、日本や韓国が採用する家族主義だ。家族主義では、「子供の教育は親が責任をもつもの」という考えがあり、親が子供の学費を払うのが一般的になっている。
日本は伝統的に家族主義を採用しているが、この考え方は限界を迎えつつある。停滞する日本経済と高騰する学費によって親が子供の学費を全て負担するのが難しくなっているからだ。実際にイギリスでは高等教育への進学率が上昇したことで福祉主義をやめざるを得なくなり、現在は個人主義の傾向が強くなっている。日本も同様の傾向があり、徐々に個人負担が増加している。
奨学金の返済方法
月賦返還と月賦半年賦併用返還、所得連動返還の3種類の返済方法がある。月賦返還は毎月返還し、月賦半年賦併用返還は月賦分と半年賦分で二分し、それぞれの期間で返還する方法だ。毎年返済する額面は同じなので、どちらも大した差はない。所得連動返還は卒業後の年収に応じて毎年の返還額が決まるので、年収が少ない時も可能な範囲で返済できるが、無利子に限られるため有効活用しづらい返済方法となっている。いずれの場合も減免措置はなく、猶予措置しかないので、返済を免れることはできない。さらに借りる段階では、人的か機関どちらかの保証を付ける必要があるが、連帯保証人だけでなく保証人まで求める人的保証は前近代的な仕組みといえる。
おすすめの奨学金
日本の給付型奨学金は主に低所得世帯に向けられているため、中間世帯にとって狙い目となるものを3つあげる。1つ目は、メリットベースの奨学金だ。奨学金はニーズベースとメリットベースの2種類に分類できる。ニーズベースは家計状況を重視、メリットベースは学生の能力への評価としてそれぞれ支給され、メリットベースは所得制限がない場合が多い。スポーツ推薦や特待生などが有名だ。2つ目は、地方自治体の奨学金だ。少子高齢化に悩む自治体では、地元へのUターンを期待して無利子の貸与型奨学金などを設けている場合がある。卒業後に地元へ帰るのであれば返済免除という制度もあり、有用だ。3つ目は、企業による代理返還だ。2021年度から、企業が社員の日本学生支援機構奨学金の返済支援をおこなう仕組みが導入された。就職活動での大学生の売手市場が続くなか、多くの企業が参入することを期待したい。
奨学金を考えている学生へ
奨学金を考えている者は、ぜひ18歳成人をキーワードとして覚えておいてほしい。これは奨学金にも影響してくると考えられる。貸与型は本質的には学生ローンと同じで、後から必ず返済しなければならない。もちろん過度に怖がる必要はないが、自己破産に至る奨学生が一定数いるのは事実だ。借りる際にどのように奨学金を返済するかを忘れずにイメージしておこう。奨学金は数百万円と、実社会を知らない学生が借りるには非常に大きな額となる。実際、返済が滞るのも卒業後時間が経ってからのパターンが多い。無理な返済プランにならないよう必要な額だけを奨学金として受け取ろう。その際に、一番身近な社会人として親に相談するのが賢明であろう。高校を卒業したばかりでは、まだ若者気分が抜けないかもしれないが、一人の大人として適切な金融リテラシーをもつことを忘れないようにしたい。