好きの1ページ第6回は、外国の文学作品について深掘りしていく。他の言語で作品を読む楽しさとは、何なのだろうか。慶大法学部の教授であり、日吉メディアセンター長も務める横山千晶教授に話を聞いた。

読解のカギは朗読と協力

日本語に訳してしまうと、英語のリズムや、英語独特のニュアンスが失われてしまうのではないかと思う人も少なくない。

横山教授は、まずは原語で朗読してみることが大切だと語る。どんな言語にも、もちろん日本語にも言葉のリズムはある。朗読してみることで、今まで気づけなかったイメージや感情にまで思いをはせることができる。
さらに、ポッドキャストやオーディオブックなどで、ほかの人の朗読を聞くのも好きだという。他人が読んでいる音声を聞くことで、その人がどのような解釈で、作品を声に出しているのかがわかる。新たな気づきに出会うことのできる絶好の場なのだ。

1人で解釈するのが難しいと思われたら、ぜひ誰かと一緒に読んでみてほしいと語る横山教授。2011年から月に1回、読書会も主催している。そこに集う人々と話すことで、自身の思いもよらなかった読み方に出会うのだ。

その読書会も現在はオンラインでの開催となっている。横山教授は、さまざまな背景を持つ人たちの異なる解釈をその人の声で聞きたいという思いから、顔を合わせての読書会を行っているという。そのような機会がなければ、ネットのレビューやブログ、SNSの投稿など、どのような場所から情報を集めても構わない。

「私も一人じゃ読解に限界があります。読書会や授業で、学生さんやほかの人から聞いたことの積み重ねで、やっと一つの作品に迫ることができます。皆さんもぜひ友達とすすめあったり、ネットのレビューを見たりしながら、読み進めてみてください。正解が分からないものを、自由に追い求める楽しさを感じられると思います」

翻訳で伝える価値

翻訳によってあらわになる文化の違いも、外国語で作品を読む面白さだ。横山教授は、夏目漱石の『夢十夜』の第一夜の翻訳をいくつか比べてみたことがあるという。

冒頭にある、髪の長い女性が床に臥している描写。これを読んだ多くの日本人は、ストレートの黒髪が畳の上の布団に広がっているところを思い浮かべたのではないだろうか。

しかし、複数出ている英語翻訳の1つでは、波うったウェーブの髪が、枕元に大きく広がっているという描写で表されているのだ。死を目前に控えたミステリアスな女性というイメージを、どのようにとらえるかは文化によって大きく異なる。外国の文学を日本語に訳すときも同様に、解釈によって世界観が変わる。そのまま訳すだけでは伝わらない感性を、翻訳が伝えることもあるのだ。

「同じ描写や感性を、どのようにとらえるのか。物語の舞台を原作の国ととらえるのか、それとも特定の文化にとらわれない普遍的な舞台でとらえるのか。翻訳には訳者の思いが存分に出るので、ぜひ原作と読み比べるということもしてみてほしいです」

もちろん翻訳によって失われてしまうものもたくさんある。その一方で、翻訳作品を発表していくことで、原作の持つ価値観を伝えられるのだと横山教授は強調する。

ある事件について、ニュースで知ったとしても、そこに関わる一人ひとりの思いは決して知ることができない。たとえフィクションであったとしても、一人の人間の経験として、出来事を語ってくれる文学作品にはどれほどの力があるだろうか。

文学でしか知り得ない価値観がたくさんある。年号は忘れても、文学作品として体験した記憶は決して忘れない。だからこそ、翻訳は価値観を伝える手段として、なくてはならないものなのだ。

横山教授のおすすめ作品4選

まずおすすめされたのは、エトガル・ケレット作『Fly Already』(2019)という短編集。ヘブライ語で書く作家だが、出版は英語でなされる。ユダヤの文化がよく出ているが、知らなくても一作一作を楽しく読むことができる。タイトル作の『Fly Already』はショッキングでありながらも、最後には救われる展開となっている。ほかにも胸を打たれる話がいくつも詰まっており、ぜひ大学生に手に取ってもらいたい作品となっている。

つづいて、アメリカのナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤーによる『Friday Black』(2018)。近年話題になっているブラック・ライブズ・マターの問題は、今に始まったことではないのだと再認識できる作品だ。残虐なシーンもあるが、胸にしみる短編集となっている。横山教授も友人や、ほかの慶大の教授からもおすすめされた作品集だという。

次に、ジョー・ミノの『Demons in the Spring』(2008)。20篇の短編が入っており、それぞれにイラストレーターがついている。そのイラストからも、ストーリーの意図を読み取ることのできる面白い作品集だ。また、さまざまな創作の手法が試されていて、それも楽しむことができる。

しかし、ストーリーの裏には、一貫して9.11以降のアメリカ政治への憤りが隠されている。この作品は2008年に出版され、同時多発テロ後にアフガン侵攻、イラク戦争を主導したブッシュ政権によるアメリカの外交政策への抗議が込められている。ぱっと読むだけではわからない難しさもあるが、深読みしがいのある作品集となっている。

あれから20年。アフガニスタンからの米軍撤退という、外交の大きな転換点を迎えた今だからこそ、再読する価値のある作品集だ。文学でどのように政治への怒りが表現されてきたのか、知ることができる。

ジョー・ミノは、文学で政治に対するメッセージを発信している。『Demons in the Spring』が気に入ったというあなたは、ほかの作品も深読みしてみてほしい。このように、作品を横断して一貫したテーマがある作家もいるので、気に入った作家の作品はいくつも読んでみると、どんどん理解がしやすくなるかもしれない。

最後に、トルコ系イギリス人であるエリフ・シャファクの『The Island of Missing Trees』(2021)。最近出版された作品で、横山教授は本の装丁にも惹かれ、ハードカバーで手元に置いているという。この作品でテーマとなっているのは、移民の三代目となる人々がアイデンティティーを模索する姿だ。

移民の一代目や二代目と異なり、移住した土地に適応しつつも、居場所と見なすことのできない三代目移民。自らのルーツを思い返し、自分たちは何者なのかと葛藤するようになる。長編ではあるが、美しい文体で書かれており、ぜひ読んでみてもらいたいという。

ほかにも、メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』(1818、1831年に第3版)やブラム・ストーカーの『ドラキュラ』(1897)など、知っているようで知らない作品を読んでみるのもおすすめだ。若干18歳で得た着想を基に、メアリー・シェリーが描いた「怪物」は、現在の私たちが持つイメージとは全く異なるものである。『ドラキュラ』では、正しいメディアと何か、グローバライゼーションとは何かなど、現代につながる側面も見てとれる。ぜひ知った気にならずに、読んでみると面白いかもしれない。

 

読書の秋、皆さんはなにか本を手に取っただろうか。忙しい毎日に追われ、そんなことは頭になかったという人も少なくないはずだ。かくいう私もその一人である。

難しいのではないかと読むのがためらわれる外国の小説も、時間のある今だからこそ、ぜひ手に取ってみてほしい。そこには見たこともない新たな地平が広がっているに違いない。自分一人では孤独な旅も、誰かを巻きこんで、ともに進んでいってみてほしい。

(古田明日香)