近年、日本を取り巻く安全保障環境は加速度的に複雑さを増している。そんな時代にあたって、国防のみならず、災害や感染症の拡大など、迅速な対応を必要とする緊急時にも出動を求められる自衛隊。今回は、約24万人という巨大なピラミッド型を構成する自衛隊員のうち、その頂点に位置する300名弱の将官の一人、東京地方協力本部長の牧野雄三陸将補に話を聞いた。

 

自衛官も普通の人間

茨城県土浦市出身の牧野本部長。15歳のとき、同じく自衛官であった父の背中を追い、三等陸士として陸上自衛隊少年工科学校(現:高等工科学校)へ入校。米国陸軍砲兵学校への留学、UNDOF(国際連合兵力引き離し監視軍)司令部での勤務など、豊富な海外勤務の経歴を持ち、新型インフルエンザ感染症への対応、東日本大震災に係る災害派遣など、国家の危機を現場で経験した。

2020年、同期一選抜で陸将補に昇任、東京地方協力本部長に就任した「エリート自衛官」である牧野本部長。趣味は水泳にスキーと、自衛官らしいものに加え、柔らかな一面もある。「家庭菜園も趣味です。読書も好きですね。最近は、家に連れてきた保護犬や保護猫のいたずらに手を焼いています」と、笑顔とともに意外な一面を見せてくれた。

牧野本部長は、仕事が国防に直結していると感じたとき、そして自衛隊で受けた教育によって人間的成長を感じられたときに、やりがいを感じるという。

一方で、自衛隊といえば、厳しい訓練、派手で目立つ装備など、「いかにも」なものを想像しがちだが、全ての隊員が常にそうした生活を送っているわけではないと牧野本部長は語る。

24万人の隊員を抱える巨大な組織、自衛隊。それぞれの隊員は、それぞれに家族や人間関係を持ち、私たちと同じ人間として生活している。

平成の時代、自衛隊は幾度とない災害派遣などを経て、2019年、2020年には「信頼できる組織ランキング」で1位を獲得するほどに国民からの信頼を積み上げてきた。令和の時代、牧野本部長は「切り取られた一部分だけでなく、自衛隊と隊員のリアルな部分に注目してほしい。それぞれの隊員が、それぞれに感じているやりがいや日々の生活など、自衛隊のリアルな部分をもっと発信していきたいと考えています」と語る。

取材中、笑顔を見せる牧野陸将補

 

自分の国は自分で守る

8月30日、最後の米軍機がカブール空港を離陸した。2001年9月11日に発生した米同時テロをきっかけとして約20年にわたって続いたアフガニスタン(アフガン)紛争は、タリバンによるアフガン全土掌握と駐留米軍の完全撤退という形で一応の決着をみた。しかし、反タリバン抵抗運動は未だ展開され、中東は不安定な状況が続く。

日本も、対岸の火事ではない。中国の海洋進出、北朝鮮の核ミサイル問題、台湾海峡での緊張、そしてアフガン紛争で表面化したグローバルテロリズム問題―日本を取り巻く安全保障環境は、不確実性を増しつつある。

防衛の範囲は、陸・海・空という従来の領域だけでなく、サイバー、電磁波、宇宙空間という新たな領域に拡大している。牧野本部長は、「技術の発展に伴い、軍事と民間の領域は区別できなくなってきています。専守防衛を掲げる自衛隊は、有事の際、戦地に赴いて単独で国防を行うのではなく、関係する各組織と連携しながら国を守っていく。このときに必要なのが、自分の国は自分で守るという意識です」と言う。

かつて「世界の警察官」として世界中に影響力を行使していた米国は、日本をはじめとするアジア太平洋地域にその影響力をシフトしつつある。日本や台湾を含む「第一列島線」、そして日米豪印戦略対話(クアッド)の強化など、日本を同盟国として重要視している米国。

米国が日本を重要視するようになったのは、2015年に日米ガイドラインの改定が合意され、安保法制が成立、自衛隊と米軍、そして関係省庁の協働体制が機能し始めてからだという。ここ数年で見ても、対中国の観点から、日米関係はますます深化している。こうしたことは、日本を含めた周辺地域の安定へとつながっていく。

「いま、日本と米国の進むべきベクトルは一致しつつある。ただ、最も大切なことは、やはり自分の国は自分で守るという意識と防衛努力です。これによって、日米関係を現在よりも一層深めていく必要があります」と牧野本部長は語る。

 

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