全国的に6月21日から始まった新型コロナウイルスワクチン職域接種。慶大三田キャンパスでは初日から接種が行われたが、初日に職域接種が始まった大学は都内では3大学のみ。慶大での職域接種の裏側を探るため、慶應義塾北川雄光常任理事を取材した。
早期接種が実現した背景
早期から接種が実現した最大の理由は、①伊藤塾長の「キャンパスライフを奪還する」という強い意志を受け、ワクチンが大きなゲームチェンジャーになると考え即座に動き出したこと、②慶大には医学部、看護医療学部、薬学部という医療系3学部があり、マンパワーやノウハウがあることの2点が挙げられると北川氏は話す。
職域接種実現のためには、厚生労働省の示す複数の実施要件を満たさなければならない。北川氏は最も大変だったこととして、「しっかりとした接種場所と接種体制を安全に構築すること」を挙げる。いくつもあるキャンパスのうちどこを選ぶか、どのようなマンパワーで1日どのくらい打つかを決めることに工夫を凝ら したという。
最終的に三田キャンパスに決めたのは信濃町、芝共立の両キャンパスから比較的近く、医師や看護師、薬剤師が集まりやすいことと、事務の方から比較的安全な会場を確保できると提案されたことが理由だ。
5万人のプロジェクトと掲げて始めた職域接種。教職員と学生、その関係者を3万~3万5000人、他大学などの方を1万~1万5000人とし、5万人という数を設定した。夏休みの終わりまでに5万人を打ち終えるため、逆算して1日あたりの接種数を考えるところに苦労したという。
5万人打ち終えるには1日1500~2000人打たなければいけないが、慶應病院ではコロナ患者を診ている。さらに東京オリンピック・パラリンピックのメインスタジアムにも医師、看護師を派遣することになっていた。信濃町の慶應病院だけで職域接種を賄うことは不可能だった。
そこで北川氏は医学部、看護医療学部、薬学部それぞれのOB・OG会である三四会、紅梅会、KP会、そして慶應義塾大学関連病院会に声をかけた。通常は理事会での審議などを経て決めるところを、二つ返事で支援を引き受けてくれた。北川氏は「開始にあたっての皆さんの協力体制というのが非常に大きく、ありがたかったと思っています」と振り返る。
円滑な接種に向け行われたさまざまな工夫
職域接種を開始するために創意工夫は続いた。そのひとつにⅠTC本部が作成した予約システムがある。このシステムでは試験日程などのスケジュールを考慮し、属性をコントロールしながら予約を取ることができる。ある時期は学生が、また別のある時期は教職員が優先的に取れるようになっていたシステムであった。
予約の数は日によってばらつきが生じる。最も多いときで約2800件、最も少ないときでは1000件に満たない。予約数にばらつきがあっても、医療関係者や事務の方の人数調整は難しい。柔軟に対応できる体制づくりに努めた。
接種期間中苦労したことはワクチンの無駄が出ないようにすることだったと北川氏は語る。当日キャンセルに対応するシステムは用意されていたが、体調不良や急用で直前に都合が悪くなる人もいる。あらかじめ予約より少ない数のワクチンを午前中に準備し、接種を行う午後に様子を見ながら調整したのだという。
医学部生による情報サイト、高い接種率のカギに
中間報告によると大学生(通学課程)の76.4%の人が1回目の接種を終えた。これは大学側の予想を上回っている。多くの学生が接種を希望したのには訳がある。
慶大は6月、医学部生による「大学生向けワクチン情報サイト」を公開した。サイトではワクチンについて知っておきたい情報がまとめられており、正しい情報を得るには有効だ。サイトを作った目的は、同世代の医学部生から学生に対し説明することだ。職域接種開始当時、若者の重症化リスクはほぼなかったため、社会全体のためにリスク覚悟でワクチンを接種することへ理解を示してもらうのは難しかったのだと北川氏は語る。すでに接種を終えた医学部生はどのように考え、ワクチン接種を選択したのか。そしてワクチン接種にどのような心配があるのか、同世代からのメッセージこそ効果的だと思ったのだという。
医学部生による活動のほかに、広報室がワクチンの予約状況や接種状況を慶大ホームページに公開したことも大きい。「皆もやっているという安心感や一体感が生まれ、いい方向に進んだ」と北川氏は顔をほころばせる。
塾生へのメッセージ
北川氏に、接種を終えた学生に向けたメッセージをもらった。「医療には100%も0%もなく、あらゆることにリスクは伴う。リスクとベネフィットのバランスをしっかり理解してくださったことには感謝したい」と述べた。そのうえで「ワクチンは打たないという主義の方や打てない状況の方に対して、いろいろな不利益があってはいけない」と多様性を尊重する旨を強調した。
ワクチンは万能ではなく、接種後の免疫のつき方や変化には個人差がある。ワクチン接種を受けたからといって感染リスクがゼロになるわけではない。「これまで通り正しい感染防御策をした上で、日常生活を取り戻すためにワクチンがひとつ大きな後押しになっていると考えるべきでしょう」と北川氏は語った。
(後藤ひなた)