いまや私たちの生活に欠かせないインターネットとSNS。現実世界で交友関係のある人と会話したり、顔を知らないが趣味が同じ人と交流したり、さまざまな人とつながる場だ。こうした流れの中で、約20年前から、インターネットやSNSを活用して、政治的意思表明をするスマートモブが登場している。スマートモブについて、慶大総合政策学部学部長の土屋大洋氏に聞いた。
スマートモブの由来はハチ公前の日本人
スマートモブとは、ハワード・ラインゴールドが作った言葉で「無線通信が可能なモバイル機器を身につけ、たとえお互いを知らなくても協調して行動できる人々によって成り立つ存在」のことだ。ハワード・ラインゴールドは、パソコン通信の時代から先駆的な著作を出したアメリカの作家である。
2000年頃に来日し、渋谷のハチ公前交差点に立った彼は、携帯電話をじっと見つめながら歩く日本人の姿に衝撃を受けた。当時のアメリカでは、携帯電話は電話のためのツールだったのに対し、日本人は、iモード(NTTドコモによる世界初の携帯電話IP接続サービス)によって「ガラケー」と呼ばれるフィーチャーフォン(従来型携帯電話)でメールを打ち、インターネットに接続していたからである。そこから人々が情報通信技術によって協調し、集団を形成することの着想をラインゴールドは得た。「政治的な目的でインターネットを使うことが、この頃、世界的に流行し始めた。情報通信技術を活用したデモや抗議集会が連鎖的に起きた」と土屋教授は指摘する。
スマートモブの歴史
人々が情報通信技術によって協調し、集団を形成する「スマートモブ」の事例としては、1999年のシアトルにおける反WTOデモ運動や、2001年のフィリピンにおけるエストラーダ大統領を辞任に追い込んだ集会、2002年の韓国における廬武鉉大統領の当選を決定づけた他候補者に対する落選運動などが挙げられる。
「特に、1999年のシアトルにおける反WTOデモ運動は、一つの節目だった」と土屋教授は考える。「シアトルの乱」と呼ばれることもあるこの事件では、WTOの閣僚会合の会議場付近にデモ隊が集まり、各国の代表者が会議場に入るのを阻止しようとした。その時に使われたのが、携帯電話のショートメッセージ機能だった。
SNS上で行われる韓国の落選運動も興味深い事例だという。普通の選挙運動は、「この人に一票を」という形だが、2000年頃から、韓国の人々は、脱税や違法行為など、候補者の過去をネット上でばらして、特定の候補者の落選を促すようになった。このようにSNS上で落選運動をするのは、当時としては画期的な出来事だった。
これに着目した土屋教授は、2000年頃に韓国へ行ったとき、「この人に投票してはいけない」というリストを作りネット上で公開する、とある小さなソフトウェア会社の社長に会いに行った。「『なぜ匿名で落選運動をやっているのか』を尋ねると、『誰に投票していいかも大事だが、誰に投票してはいけないかという情報も大事だ。インターネットではそういうこともできる。でも、命が狙われてしまうから、匿名でやっている。サーバーも、韓国内だと逮捕されてしまうかもしれないので、アメリカにおいている』と話していた」というエピソードで、情報通信技術を活用した落選運動の実態を語った。
米大統領選とスマートモブ
トランプ氏は、2016年の米大統領選の際、ソーシャルメディアを駆使したことで知られている。土屋教授は「米大統領選でのインターネットの活用は、トランプ氏以前にもみられた動きだ。2004年に立候補したハワード・ディーンは、インターネット上で選挙資金集めに成功し、『ディーン旋風』を吹かせた。2008年のオバマ大統領の選挙スタッフらは、ソーシャルメディアを活用した草の根運動に成功した」と過去の選挙を振り返る。
「2016年の米大統領選で、オバマの後継者は、ヒラリー・クリントンだと誰もが思っていた。ヒラリー・クリントンは、ソーシャルメディアをやっていたが、旋風を巻き起こすほどではなかった。むしろオバマのやり方を引き継いだのが、トランプ。ツイッターで話題を作ることで、大衆の関心を集め、自分のいうことを信じるファンを作った。4年間大統領を務め、2020年の米大統領選に再選をかけて臨んだが、支持者が議会を襲撃するというネガティブな方向に働いてしまった。ネットだけで完結していればいいが、最終的には本当の暴徒になってしまう」と、土屋教授はスマートモブの危険性に警鐘を鳴らす。