現在の慶大三田キャンパス。慶大での学びが飯島さんのルーツだ

これはおとぎ話ではない

教育の持つ可能性、重要性を十二分に理解する飯島さん。だが一方で、その影響力の大きさ故、誤った教育の持つ恐ろしさを誰よりも感じている。一昨年刊行された自伝的小説『ギブミー・チョコレート』は自らの戦争体験を色濃く反映したものだ。

「昭和7年生まれの僕たちは兵役には就いていないものの、集団疎開を余儀なくされ、戦争を知る最後の世代。この歳になってもう一度原点に立ち返り、執筆しようと思った」と執筆のきっかけを飯島さんは語る。

タイトルにも由来がある。「当時の子どもたちが進駐軍の兵士たちにねだったのはチューインガムだった。でも僕はチョコレートが大好きだったし、戦争になって一番始めになくなったものがチョコレートだったから」

どこか遠くにあった戦争。それは突如として現れ、自由な生活を奪っていった。「馬鹿馬鹿しい戦争だったが、僕ら子どもたちはいつの間にかそれに巻き込まれた。大人たちが何も声を上げないうちに、いつの間にか社会が一つの声にまとめられ、戦争に立ち向かっていった」

「これはおとぎ話ではなくて、実際いつでも起こり得ることだし大変危険なことです」と語る飯島さんの表情は真剣そのものだ。

『ギブミー・チョコレート』では、当時の社会を生きた子どもたちが九官鳥とオウムに例えられている。言われた言葉をそのまま返すオウムに対し、まねばかりする九官鳥でも本当は美しい自分の声を持っている。だが、「自分の声で鳴くことを許されなかった九官鳥は、自分の声を忘れ去ってしまう」と飯島さんは話す。軍国主義の下の弾圧的な教育が、子ども達本来の個性や自由な考え方を奪い、社会を一つの色で染め上げてしまうということだ。

「小さな声でも良いから、オウムの様に言われたことをそのまま返すだけではなく、自分自身の声で鳴いてほしい。そういうメッセージを込めて書きました」

飯島さんの自伝的小説『ギブミー・チョコレート』(提供:KADOKAWA)

 

少国民と空襲

本の主人公同様、自身も空襲の中を逃げ惑った経験を持つ飯島さん。

「学校では『発火した焼夷弾に覆い被されば火が消える』と教えられていたし、教えていた方もそれを信じ切っていた」

だが、いざ空襲に直面した時のことだ。「僕は危ういところで逃げた。それは『教育』に反したわけですよ。『少国民』教育の通りならそこで焼夷弾に被さらなくてはいけない。もし被さっていれば今の僕はいない訳だけれども、臆病だから逃げた。逃げてはいけないと徹底的に教育されていたが、逃げたのです」

一方その夜、多くの「少国民」が空襲に焼かれて命を落としたことも事実だ。飯島さんも黒焦げになった死体を多く目にしたという。「疎開先から入学試験の為に帰京した多くの子どもたちが亡くなった。結局試験は中止になったが、最初からそれが決まっていれば彼らの命は救われたでしょう。政府の対策が後手に回った」

 

教育の自由

自ら判断を下したおかげで命は救われた。しかし、戦時中の飯島さんもやはり一人の「少国民」だった。「僕が中学へ入る時などは現代の受験生が名門大学を目指すように、当時一流と言われていた海軍兵学校を目指していた。実際には当時の海軍兵学校は戦後処理のため、しきりに外国語教育が行われたていたようだが、その実情は伏せられており知る由もなかった」。国民の「知る権利」は保証されていなかったのだ。

結果、飯島さんは陸軍幼年学校を受験することになる。「自分ひとりで陸軍省まで願書を取りに行った」。門から建物へ入る際、「歩調をとれ!!」と大声で自分自身に号令をかけた。「もし終戦していなければ陸軍幼年学校に入り、軍事教育を受け、入隊していたと思う」と飯島さん。それが当時のエリートコースだったのだという。「誰でも兵役のある時代でした。だから、募集する方も、『兵卒からでなくいきなり将校になれる』コースとして、入学を勧めたのです」

社会全体が一元的な価値観に支配され、教育すらも為政者の支配の手段となり得る時代。「当時は、自由な生き方は出来なかった。そういった事実が次第に忘れられているから、後世に伝えていかなければならないと強く思っている。これは個々人の政治的信条とは全く関係のないことです」と危機感を滲ませる。

「未だにこの歳になってもあの時の事がある種のトラウマになっている。恐ろしいことです。子どもの時の教育というのは身体に染み込む。本当に教育の力は恐ろしい。だからこそ、教育の自由は守らなければならない」

 

※後編はこちらから

 

本記事で触れた作品たちを是非一度ご覧下さい

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東京大空襲の夜、炎の中を走り抜けた親友は戻らなかった――

飯島さんの自伝的小説、「ギブミー・チョコレート」の作品情報はこちら。

https://www.kadokawa.co.jp/product/321901000150/

 

飯島さんの過去のインタビュー映像はこちらから。沖縄・南風原町出身の天才脚本家、金城哲夫氏のWeb資料館です。

https://www.haebaru-kankou.jp/index.php/kinjo-web-museum.html

提供:南風原町観光協会

 

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石野光俊