いよいよ今夏に迫った東京2020パラリンピック。日本財団パラリンピックサポートセンター(以下、パラサポ)の会長を務める山脇康氏に取材した。

こだわりのオフィス

パラサポのオフィスのエントランスには、香取慎吾氏による壁画が飾られている。パラサポのキーメッセージ「i enjoy!」をテーマに描かれたこの壁画は、絵の具の凹凸で立体感ある描かれ方で、視覚に障がいのある方も触って楽しめるようになっている。香取氏が2015年11月のオフィス開所にあわせ、約10日間かけて完成させた。オフィス内は、ユニバーサルデザインを徹底した空間で、パラアスリートやパラリンピック競技団体が集まる場となっている。

パラサポオフィスのエントランスでは、香取慎吾氏が描いた壁画が出迎えてくれる。

パラリンピックの意義は社会変革

パラリンピックは、観客数ではオリンピック、サッカーW杯に次ぐ、世界で三番目に大きな大会だ。

山脇氏は、「パラリンピックは、大会を開催することによって、社会そのものを変えていこうということが最大の目標。どのような社会に変えていきたいかというと、誰もが活躍できるインクルーシブな社会。そしてパラリンピックは、社会を変えていくために人々の意識を変える役割を持っている。」と語る。分断や差別が課題となっている現代において、異なる価値観を持つ人が、それぞれ活躍できる社会にするきっかけづくりをするパラリンピックの意義はより高まってきている。

山脇氏は、「パラリンピックは、残された能力や可能性を最大限に発揮し、できないことではなくできることをみせる大会。パラリンピックを観戦することで、できない理由ではなくできる理由を追求することの大切さに気づいてほしい。また競技には、義足や車いすなどの用具やルールに、選手が平等な条件でプレーできるように工夫が凝らされている。パラリンピックを観戦した人が、障がいがあるから何かができないのではなく、社会の環境や人々の認識が障がいを作り出していることに気づくきっかけとなるだろう」と話す。

パラリンピック開催国に起こる変化

パラリンピック開催国では、大会開催前後で人々に三つの変化が起こる。「一つ目は人々の意識の変化。たとえばイギリスではロンドン大会後に3割が障がいに対する考え方が変わったと言われる。二つ目は、段差などの障がいになるものを取り除くバリアフリー化、アクセシビリティ、ユニバーサルデザインの推進などの取り組みによる環境やインフラの変化。3つ目は機会の変化。パラリンピックを開催することで、障がい者雇用の機運が高まったり、パラリンピック教育が学校で行われたり、障がいのある人もスポーツに触れる機会ができたりする。」これら三つの変化が起き、進んでいくことによって、インクルーシブな社会が実現する。

 

パラサポが目指すD&I社会の実現

パラサポは、パラスポーツ体験型授業「あすチャレ!School」やパラスポーツで行う「あすチャレ!運動会」などD&Iプログラムを提供している。(パラリンピックサポートセンター提供)

パラサポは、スポーツを通じてD&I(Diversity&Inclusion)社会の実現を目指す。人々の意識を変え、社会を変えるために、パラスポーツを観たり体験してもらうプログラムや、パラリンピックについての教育プログラムの学校への配布等の事業を行っている。知識としての教育だけではなく、実際の体験を通してパラリンピックやパラスポーツに関心を持ってもらい「頭で理解し、体で覚える」ことで、意識の変化をもたらそうとしている。

山脇氏は、D&I社会について「今の日本では、多様性は既に現実のものだが、多様性があれば社会が機能するわけではない。D&I社会とは、それぞれの違いを認め合い、各個人が活躍できる選択肢が用意されている社会。インクルージョンという点において、誰も取り残さず、全ての人を取り込むという意識が芽生えるかどうかが今後の課題だ」と話す。

人種多様性提唱者のヴェルナ・マイヤーズ氏の「多様性とは、パーティに招待されること。インクルージョンとは、パーティに呼ばれて、踊りませんかと誘われること」という言葉を引用し、D&I社会では、多様性があるだけでなく、各個人が自分の役割を果たし、楽しむことが求められると言う。

その実現に向けては物事をポジティブに捉えるマインドセットが重要だ。「パラリンピックに関わる活動を、企業がポジティブに、そして社会とつながるチャンスと考えるべきだ。パラリンピックに留まらず、環境問題などの社会問題にも積極的に取り組む方が企業にとってよりよい結果をもたらす。それは個人も同様で、前向きに生きるかどうかに、人生の分かれ道がある」と山脇氏。

パラサポが発行する出版物。蜷川実花氏らが撮るパラアスリートはファッショナブル。スポーツに関心のない層にもパラリンピックへの関心を集めたいと考えている。

 

残したいレガシー

パラリンピックを通じて次世代に残したいレガシーは、目に見えるものと見えないものに大別できる。目に見えるレガシーは、競技場や大会関連施設などのバリアフリー・アクセシビリティ等を考慮した新しい設備など。一方で、パラリンピックにおけるもっとも重要な目に見えないレガシーは、人々の障がいに対する意識の変化だ。人々の意識は目に見えず、なかなか変わりにくいので、レガシーとして残すことが非常に難しい。「東京大会で、何をレガシーとして残すかをあらかじめ決めて、それを残すための準備が必要。レガシーは、なんとなく残るものではない。大学生活も同じで、四年間なんとなく過ごすよりも、自分が何を学びたいか、何を将来やりたいのかを意識して学生生活を送った方が得られるものは大きい」と話す。

 

大会運営について

山脇氏は、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の副委員長も務める。大会を運営する立場として、「一番大切なのは、選手にとって最高の環境を整え、最高のパフォーマンスをしてもらうこと。全ての選手が今大会で自己ベストを更新してくれたら理想的だ。観客が競技場で盛り上がれる大会にすることも重要」と目標を掲げる。大会が始まれば、組織委員会約八千名、ボランティア約九万名が合計60日間の大会運営に関わる。大会運営をサポートする人にとっても、人生の中で最高の体験となることを目指している。「一番大切なのは、人々の意識の変化。誰もが活躍できる社会になれば、それが一番の成果となる」と話す。

山脇氏は、パラスポーツを「スポーツとして観て、楽しんでください」と語る。

山脇氏は、パラスポーツを「スポーツとして観戦して、楽しんでください」と語る。まずは、東京パラリンピックで、様々な競技を観戦し、「スポーツとしての面白さ」を見出してみてはいかがだろうか。その先に何か新しい気づきがあるかもしれない。

(塚原千智)