内定辞退予測の仕組みは、決してリクナビだけで完結するものではなかった。
2019年8月26日、リクルートキャリアによる記者会見。同社が外部サイトから就活生の閲覧履歴を取得していた可能性について問いただされ、役員の一人が回答した。
「外資就活ドットコムというサイトでございます」
多くの学生にとっては馴染みのある名前だ。同年12月時点で、サイトを退会していない過去の学生を含め20万人以上の会員を抱える外資就活ドットコム(外就)。会員数の約14%を慶大の学生・卒業生が占める就職情報サイトだ。
その利用者データが、リクルートキャリアによる内定辞退予測に使われていたことが明らかになった。
名目は「広告配信」
外就は、自社のデータが内定辞退予測に使用されることを事前に認識していたのか。
取材に対し、同サイトを運営するハウテレビジョン幹部は「サービス概要の説明は受けたが、データをどう分析、利用されるかについては知る立場になかった」と繰り返した。
しかし、その後の取材で、同社はリクルートキャリアから就活生の「辞退可能性を判別」する旨の説明を事前に受けていたことが判明。外就のサイト上ではリクルートキャリアへのデータ提供の目的を「広告効果測定」「広告配信」と記載していたが、これらの目的を逸脱したデータ活用が行われていることは、外就側も認識していた。
また、本紙が入手したリクルートキャリアの内部資料から、外部サイト「楽天みんなの就職活動日記(みん就)」も内定辞退予測の開発段階で同社に利用者データを提供していたことが発覚。リクルートキャリアもこれを認めたが、楽天みん就から18年3月のリクナビDMPフォロー(=キーワード解説)開始後もデータを受け取っていた可能性や、外就が同サービス開発段階でも関与していたかについては「先方との契約に関わる」として回答を控えた。
適性検査も反映
使われていたのは就職情報サイトのデータだけではない。
知能測定や性格診断などから構成され、採用選考の一段階として多くの民間企業が活用する「適性検査」。リクルートが提供する代表格の「SPI」をはじめ多岐にわたる適性検査の結果も、一部企業の内定辞退予測スコアに反映されていた。企業によっては、書類選考で就活生が提出するエントリーシートの記述内容や応募職種も開示しており、リクルートキャリアはこれらをスコア算出に活用していた。
「スコアを算出するためには、前年度と当年度の学生にどのような『差』があるのかを見つける必要があった。収集するデータの種類が多いほど、その差が明確になる」と広報担当者は話す。
内定辞退予測のようなAI(人工知能)を活用したサービスでは、AIはより多くの情報を収集することで「賢くなる」が、個人のプライバシーはより侵害される恐れがある。このように「プライバシーのジレンマ」と呼ばれるリスクは、データの利活用には常につきまとう。
クッキー
では、リクルートキャリアの場合、就活生のデータをどのように収集していたのか。キーワードは「クッキー」だ。
クッキーは、サイトの管理者が利用者のコンピューターに「目印」となる簡単なデータを書き込む仕組みだ。利用者が再びサイトを訪れた際、データを頼りに個々の利用者を識別することができる。
同社は、リクナビDMPフォローの利用企業に対し、会社説明会後などに選考応募者へのウェブアンケートを実施するよう依頼。19年2月まではアンケートに答えた就活生のクッキーを手がかりに、外就を含む提携サイトから「同一人物」のデータを集め、リクナビの会員情報と照合していた。
自身も内定辞退予測の対象となった慶大法学部4年の男子学生(22)は、「選考の一部だと思って好意で答えたアンケートだったのに」と憤る。
一方のリクルートキャリアは、「あくまで企業が主体となり行われていたアンケート。内容の細かい指示などは出していない」との立場。通販や金融サービスなど、同社が提携していない外部サイトからもクッキーを使って閲覧履歴を取得した疑惑が一部で報じられたが、「そのような事実は一切ない」(広報)と否定する。
法改正
クッキー自体は個人情報保護法上の「個人情報」としては扱われていないが、複数サイトのクッキーを繋ぎ合わせることによって個人を特定することが可能なケースはある。
個人情報保護に詳しい慶大法科大学院の山本龍彦教授は「リクルートキャリアが自社の情報と外部サイトのクッキーを照合すれば個人を特定できることは、外就にも容易に想定できた可能性が高い」との見方を示す。
しかし、その法的扱いは複雑だ。クッキーを第三者に提供する際にも、それが規制の対象となるのかは、現行法では明確にされていない。今回の問題で、外就のような提携サイトが取り締まられていないのはそのためだ。
19年12月、保護委は今年に予定されている同法改正に向けた「大綱」を公表。クッキーを第三者に提供した結果、提供先で「個人データ」になることが明らかな場合、提供元が事前に利用者本人の同意を得るよう義務づける方針を示した。
保護委は同月、リクルートキャリアに対する勧告で、リクナビDMPフォローを「法の趣旨を潜脱した極めて不適切なサービス」と強く非難した。「不適切なサービス」であることを認識していた提携サイトや契約企業の責任も問われる。