「メディアは人々のアイデンティティの形成に密接に関わってきた」。そう話すのは、慶大メディア・コミュニケーション研究所の山腰修三准教授だ。

今年4月1日。新元号発表の様子が各メディアで生中継され、多くの国民が注目したのは記憶に新しい。人々はこうした「メディアイベント」に参加することで、自分たちがコミュニティに属していることを確認し、自分が何者であるかを知っていくという。

 

ソーシャルメディアの特性

昨今、私たちのアイデンティティ形成に大きく貢献しているのはソーシャルメディアであろう。ツイッターやインスタグラムで自分の感じたことを共有し、それに対しリツイートや「いいね!」などの反応が示される。

この反応によって、私たちの自己承認欲求は満たされていく。同時にこのシステムは、私たちが社会の共同体の中にいるということを認知させたと教授は指摘する。

ソーシャルメディアの台頭はここ10年のことであり、メディアとしての歴史はまだまだ浅い。しかし、今やマスメディアと並ぶ情報伝達の手段として存在している。「マスメディアと比較して、ソーシャルメディアはより流動的で、自由にコミュニティをカスタムできることが特徴だ」

 

加速する「ポスト真実」とは

ソーシャルメディア上では、人々の感情に対して気軽に何かを訴えることが可能である。そのため、ソーシャルメディアは『ポスト真実』と呼ばれる社会現象と結び付けられることが多い。

「ポスト真実」とは、客観的な事実よりも感情的な偽の情報が「真実」として人々に受け入れられる現象のことである。2016年、イギリスのオックスフォード英語辞典が、現代を表すキーワードとして「ポスト真実」を選んだ。

ソーシャルメディアとポスト真実の関連性について教授は、ソーシャルメディアのみに「ポスト真実」の状況の原因を被せるのは適切ではないとしたうえで、このように解説した。

「ソーシャルメディアは信じたいものを信じるコミュニティを作りやすい。不安・怒りなどの感情を可視化させ、存在感を持たせる側面を持っているのは確かだ」

 

メディア新時代の民主主義

最近では、政治家がソーシャルメディアを用いて人々に直接訴えかけるようになった。自らの言葉が選択・編集されることを嫌う政治家は、マスメディアを敵視することも多い。政治家も一般市民と同様に、自らのコミュニティを作り、支持者とのつながりのみを強固にしているのだ。

しかし、この新しい政治コミュニケーションには不安要素があるという。「都合のいい」情報のみを選択し、自分と対立する意見には耳を傾けない。こうした態度は、社会の分断を招くだけでなく、ジャーナリズムや民主主義の制度そのものを揺るがすと問題視されている。

「対立は民主主義につきものだ。その対立にどう向き合い、克服のためにどういうコミュニケーションをしていくべきかを熟議することこそが、民主主義の根幹だ」と教授は話す。

 

「聞く」プロの価値とは

メディアに関する現代の諸問題を踏まえて、「改めてプロのジャーナリストの情報の価値が評価される必要がある」と教授。

プロのジャーナリストは、「聞く」プロフェッショナルだ。どんな相手であっても耳を傾ける姿勢を持つ。

ニュースの制作には、「情報の選択・編集」というプロセスが不可欠である。そこには必ず編集者の価値観が影響してしまう。だからこそ、プロのジャーナリストによる、包括的で公正な判断に基づいた情報の選択・編集が、大きな価値を持つのである。

 

メディア不信の解消へ

しかし、現状においては、ニュースそのものに対する人々の理解が足りていないと山腰教授は指摘する。

「ニュースは日常にあふれている。私たちはそれらを漫然と、無意識に受け取ってきた。また、ジャーナリストも自身のニュースの価値を社会に示してこなかった」。こうしたお互いの無関心が、現代のメディア不信に繋がっているのだ。

この相互不信を解消するために、選択・編集のプロセスを開示させていくべきだ、と山腰教授は話す。「ジャーナリストがどういう風に情報収集し、事実検証し、どういう表現で報道するのか。プロのジャーナリストは説明責任を持たなくてはいけない」

しかし、人々は人々で、価値・文化・規範の理解を進めていく必要があるという。民主主義を保つためにも、政治文化・メディア文化をどう成熟させるかは重要な問題だ。その文化の創生を担うのは決してプロのジャーナリストだけではない。学生含め全ての人が、メディアの取り上げる本質を理解すること。これこそが、ソーシャルメディア全盛時代に必要とされていることである。

(金子茉莉佳)