21世紀初頭以降のインターネットの普及は、メディア業界にも影響を与えている。そんな中、日本を代表する通信社として各メディアに情報を配信する共同通信社(以下、共同通信)の常務理事、河原仁志さん(取材当時)に話を聞いた。
共同通信は、国内外に1600人を超える職員を抱え、うち1100人余りが記者である。さまざまなニュースを取材、編集し、地方紙を中心とした加盟・契約新聞社や民間放送局などに配信している。記事の数は一日でおよそ1500本にも及ぶ。
河原さんによると、この50年間で生じた変化は大きく2つある。まず挙げられるのは、情報の受け手の関心の変化である。
経済が成長を続けていた時代においては暮らしに余裕があり、読者は、現実の生活の先にある社会の理想をメディアに求めた。それに対し現在の読者は、自分の身の回りの生活そのものをより重視しているように感じるという。
共同通信はこの変化に対応すべく、育児や医療といった暮らしの情報を配信する「生活報道部」を新設した。
河原さんは、新聞が「社会の木鐸」とされた時代と比べると、読者と新聞の関係がより対等になったと述べる。
次に挙げられるのは、インターネットの普及である。河原さんは、ニュースの本質を伝えるという役割は、プロの記者、編集者にしかできないという思いは揺るがず、その意味で新聞がなくなることはないと話す。しかし、ニュースをいち早く読者に伝えるという機能は紙の新聞には薄れつつあるという。
通信社は、新たなメディア媒体に対応した一次情報の配信を行いながら、本質を伝える記事の編集も行うようになり、より多角的な業務が求められることとなった。
共同通信は編集局に「デジタル編成部」を設けることでデジタルメディアに対応している。また、インターネット上のニュース配信サイトとは、地方紙と一体で収益が得られるような関係構築を目指すなど、あくまで地方の加盟紙を重視したデジタル戦略を進めている。
通信社はこれらの変化に対応しなければならない一方、国家を監視しその権力の濫用を防ぐという本来の役割をおろそかにすることはできない。そのため、昔の通信社に比べて業務内容は極めて多岐にわたっており、通信社という業態が再定義を迫られていると河原さんは話す。そんな業務内容の変化によって、共同通信のさらなる拡大にも繋がったことがある。
例えば、近年電車のサイネージ画面への配信を開始させたことによって、共同通信配信の記事が映し出される画面数は大幅に増加した。その結果、社の知名度はさらに上がったそうだ。
50年前と比べ、メディアのあり方は大きく変わった。その中で共同通信は、当時のあり方を貫くのではなく、新たな部署を設けるなどして変化への対応を図っている。それこそが日本を代表する通信社たる所以なのかもしれない。
(東洸太朗)