2008年12月20日、東京・秩父宮ラグビー場。
寒空の下、ひとり、またひとり、芝の剥げかけたグラウンドに顔をうずめる。涙、涙、涙。自分たちの置かれた状況がよく飲み込めない。否、飲み込みたくない。
2008年、すべては順調に進行していくはずだった。春季全勝優勝、充実の夏合宿を経てのシーズンイン。だが、関東大学対抗戦初戦、再びの「悪夢」・・・。一度狂った歯車は最後まで噛み合うことがなかった――。

今回、約1年ぶりに林雅人・慶應義塾體育會蹴球部監督(以下林)へのロングインタビューを敢行した。今改めて昨年1年をじっくり振り返ってもらうとともに、2009年シーズンイン直前、新たな戦いに挑むチーム、選手たちの現況、そして監督自身の不退転の決意を伺った(インタビューは2009年9月4日に行われた)。

はやし・まさと/1962年東京都生まれ。慶應高→慶應大→清水建設→アークデザイン。本業の傍ら日本代表、サントリー、東京ガスなどのコーチングに当たる。2007年、慶應義塾體育會蹴球部の監督に就任。今年で3シーズン目。

――まずは、昨年の全国大学選手権初戦の帝京大学戦(2008/12/20、●17-23)を振り返っていただきたいと思います。帝京戦の前週、関東大学ジュニア選手権の早稲田大学Bとの決勝戦(2008/12/13、●20-31)後のインタビュー時に「大会を勝ち上がって決勝まで行くには、この組み合わせがベスト」とも仰っていましたが・・・。

林 あの組み合わせは、今でもベストだったと思いますね。ただ、それは目的によりますけど。例えば「お正月(大学選手権でベスト4)に残れば、御の字なんじゃないか」と、そういう考え方も確かにあります。しかし、僕としては「優勝かそれ以外」しかない。慶應は一昨年のこと(大学選手権で準優勝)もあって、集中するなら自分たちで出来るはず、一方帝京のような、勢いは相当ある、でも大舞台の経験が不足しているチームは早い段階でぶつかった方が精神的に充実していないだろう、という思いで試合に臨んだんですけど…。慶應に足りないところがあった、力及ばずだったですね。


――もう少し具体的に、帝京戦の敗因を語っていただけますか?

林 一番は「(慶應が)攻撃していない」ということですね。これはセットプレー、特にラインアウトが獲得できなかったことに起因するんですが。あの試合の後、色々な方に「もっと早くから、最後20分間のように攻めていたら・・・」って言われたんですけど、僕はゲームの最初20分、最後20分、そして真ん中の40分、戦い方を変える指示なんて一切していない。いつ何時でも「攻め続けよう」と言っていて、そこは常に同じプランですよ。後半のあの時間帯、敵陣でのセットプレーがたまたま2つあった、そのボールがしっかり確保できて、一次攻撃がスタートできたというだけ。前半、敵陣ではセットプレー自体が取れてなかったですからね。兎に角、マイボールのセットプレーをすべて確保できていれば、間違いなく勝てていた試合です。


――「キックゲームで時間を費やした」とも後々言われたそうですが。

林 ただ、実際のところキックゲームの時間なんてたいしたことなくて。あの試合ではキックゲームが7回あったんですけども、6回は向こうが最後タッチキックで逃げてますから。結局(慶應の)マイボールラインアウトで試合を再開していますし、何より慶應がキックゲームで時間を費やしたというなら、帝京だって同じことですよね。帝京だって、われわれのキックゲームに付き合って時間を費やしたわけで…。


――結果的に「淡い」敗戦となった帝京戦、そこで得た教訓とは?

帝京大学との試合で露見した、選手個々の状況判断能力の欠如、チーム全体としてのゲーム運びの拙さやセットプレーの不安定さ…。悔しい敗戦だった。だが、慶應の課題が浮き彫りとなったという意味では収穫の多い一戦だったと言えなくもない【安藤貴文】

林 前半途中、右ラインの帝京ゴール前、3対2で数的優位という慶應にとって決定的なチャンスがあって、俗に言うカンペイ系のサインでいけばトライ奪取という場面で、川本祐輝(’08年度卒、現NTTコミュニケーションズシャイニングアークス所属)っていう有能なスタンドオフ(SO)が、練習でもやったことのない飛ばしパスをやって、相手にディフェンスされちゃったんです。あれを見たときに「来年はもっと判断力を磨いていかないといけない」と痛感しましたね。川本は元々状況判断に長けたSOで、勿論彼だけが悪いわけではないんだけれど、もし仮にあそこで川本の判断が適確であったら、勝てていたかもしれない・・・。まぁ“たられば”言ったらキリがないのでこのくらいにしますけど、あの試合で強く感じたのは、判断力を一層磨くこと。そしてセットプレー(特にラインアウト)の精度を上げることですね。ですから今年は、選手の判断力をつけるトレーニングを多く採り入れたり、セットプレーの練習をより丹念に行うなどしています。


――選手個々の判断力の欠如、脆弱なセットプレーの他にも、昨年一年を通じて感じた慶應の課題、問題点は?

林 これは監督の危険予知の領域でもあるんですけど、何よりケガ人の多さですかね。例えば、昨年の夏合宿の関東学院大Aとの試合(2008/8/24、○28-10)。結果的に、この試合が昨年の慶應のベストゲームではあったんですけど、「モーションラグビー」の要であるスクラムハーフ(SH)のポジションの2人、花崎亮主将(’08年度卒、現慶應義塾體育會蹴球部BKs・SH担当コーチ)と藤代尚彦(環4)がこの試合で共に壊れてしまった。結局、その後の関東大学対抗戦初戦の日本体育大との試合(2008/9/6、●19-24)は、チームの歯車が狂い敗戦してしまった…。チームの総合力アップを図るという部分で、僕自身にも不足しているところがあったと反省しています。


――特に秋のシーズン突入後は、ケガ人が続出しました。

「軽量級」と呼ばれて久しい慶應が、1対1の勝負に真っ向から挑む――。昨年までとは一味も二味も違うラグビーが見られそうだ【写真上:安藤貴文撮影、写真下:有賀真吾撮影】

林 そうですね。ケガ含め、選手たちの抱える問題に対応する意味でも、今年はもうちょっとフィジカルを上乗せしようと。いくら「大きくて強い相手に、小さくて軽い慶應が対峙するんだ!」といっても、もう少し筋肉がないと相手に立ち向かっていけないなと強く感じたので。今年の春季の試合を振り返ってみても、トライを取ったのも取られたのも、50%以上の確率で、個人の1対1のタックルミスなんですね。ラグビーには実に様々な要素が含まれていますけど、突き詰めれば1対1の勝負、ここで負けていては、話にならないわけですよ。試合中に頻発するブレイクダウンの場面を制するためにも、1対1で負けるわけにはいかないんです。


――なるほど。

林 今年の(山梨・山中湖での)夏合宿ではウェイトの回数を週3回から週4回に変更したり、夏合宿が終わってこちらに帰ってきてからもウェイトの回数を増やしたり、あとは食事をしっかり摂るようにしてしっかり体重をコントロールしています。昨年より皆体重が全然重くて、それで以前と同じように走れてますし、何より今回の合宿ではケガ人が出なかった。先ほども言った通り、判断力とセットプレーの精度の向上、そして筋力アップ。この3つが今年の大きな目標ですね。


――監督は今年、新たに「ナチュラルラグビー」を掲げられました。この「ナチュラルラグビー」とは一体どういったラグビーのことを指すのでしょうか?

林 ゲームプランやチームのスタイルが複雑になればなるほど、選手一人ひとりの闘争心のレベルは下がる気がするんですね。それは良くない。選手個人が持っているスキル、フィジカル、何より「勝ちたい!」と思う力を存分に発揮させるためには、体が自然に動くようなラグビーであるべきだと。そして、そういうラグビーをするためには「プレーの選択肢を少なくすること」が肝要だと認識するに至ったんです。僕が判断基準を示しながら、プレーの選択肢を極力絞ってそれを徹底的に反復させ、自然に動けるところまで落とし込む。ですから、「シンプルラグビー」と言っても差し支えないと思います。


――そういえば今年、ジャパンラグビートップリーグのサントリーサンゴリアスも「ナチュラルラグビー」を掲げてましたよね。

林 元々、エディー・ジョーンズさん(前・南アフリカ代表アドバイザー/現サントリーサンゴリアスGM)が重なってますからね。今年2月に僕がサラセンズ()に行ったときに、エディーさん、ジェイク・ホワイト(前・南アフリカ代表監督)と3人で会って話したわけですが、その時にサラセンズのアタックポリシーが「ナチュラルアタック」だと知って、あぁいい言葉だ、と(笑)。慶應はアタックだけでなくディフェンスもナチュラルにいきたいので、「ナチュラルラグビー」にしようと日本に帰ってきて決めて。その後、エディーさんが(今年3月)サントリーのGMに就任されて、エディーさんもサントリーで「ナチュラルラグビー」の話をされたんじゃないですかね。
サラセンズ・・・イングランド・ワトフォードに本拠地を置くラグビークラブ。プレミアシップ所属。過去には岩渕健輔氏(元・日本代表SO、現7人制ラグビー日本代表コーチ、日本ラグビーフットボール協会ハイパフォーマンスマネージャー)もこのチームに所属していた。


――たまたま被ったと?

林 ウチの方が早いですけどね(笑)。ただ、「ナチュラルラグビー」という言葉は同じですけど(描いているラグビーの)イメージは違うでしょうね。清宮(克幸、サントリーサンゴリアス監督)には清宮のイメージがあるでしょうから。


――因みに、エディーさんやジェイクさんらとは、頻繁に交流されているんですか?

林 そうですね。エディーさんとは1996年からですから、もう13年のお付き合いになります。9月にシーズンインしてからは、週1回程度の割合で指導してくれることになっています。ジェイクも、今年の7月に慶應に2日間コーチングで来てくれましたよ。凄く仲良くなって。「南アフリカにチームごと来い」「危ないから行きたくないなぁ」「大丈夫だよ、マット(林監督の愛称)」なんてやり取りしてました(笑)。


――エディーさんは、慶應のラグビーを見てどのようにおっしゃっていますか?

吉田義人氏を第6代監督を迎え、新たなスタイルを模索中の重戦車・明治に対し、タイガー軍団・慶應は夏合宿の練習試合(2009/8/18、○46-12)でつけ入る隙を与えなかった(写真中央は、ハンドオフで突破を図るLO村田毅)【安藤貴文】

林 ディテールに関しては色々指導受けますけど、大きなラグビーの作り方、チーム全体のデザインに関しては「全く問題ない」「素晴らしい」と。因みに、先日の夏合宿の明治大学A戦(2009/8/18、○46-12)はビデオを見てもらい、続く近畿大学A戦(2009/8/23、○48-0)は直接、菅平に見に来てもらいました。そもそも、エディーさんは僕のラグビーの先生であって、僕自身エディー一族、エディーファミリーなんですよ。


――ずばり「エディー流」とは?

林 分かりやすく言えば、誰がどこに行くべきか、できるだけはっきり分かるラグビーをしようというのが、エディー流ですかね。ラグビーは、セットプレー以外ではグラウンド上で30人がアンストラクチャーな状態になっているのですが、そこでチームの拠り所となるシェイプ(型)を持っていれば、すぐにそのシェイプに戻すことが出来る上に、選手の判断次第で新たな展開も模索できる。シェイプを持ち、すべてのプレーに意図があるラグビー。僕も、偶然の勝利の連続では面白くない、必然の勝利を求めていきたいんですよ。「トライは綺麗に取りたい」という考えがありますね。


――今、アタックに関して監督の美学が垣間見えたような気がします。「型ありき」「トライは綺麗に取りたい」等々。

林 型がないと、型も崩せませんから。ただその中で、今年はその型の部分をある程度絞って自然体でラグビーをしたい、「ナチュラルラグビー」を極めたい、そういうことなんです…(白熱のインタビューは後編に続く!!)。


(2009年9月8日更新)
取材 慶應塾生新聞会・大学ラグビー取材班(安藤)