英国が欧州連合(EU)を離脱する来月28日まで残り50日を切った。離脱協定案の修正を求める英議会に対し、EUは英国との再交渉に応じない姿勢を示しており、英国の「合意なき離脱」への懸念は高まる一方だ。労働移民や難民の「英国離脱」が早くも始まる中、その受け皿を担うオランダでは困惑が広がっている。
【アムステルダム=広瀬航太郎】
「家が足りない」労働移民の急増で
英国の先行きが不透明な現状で、欧州の新たなビジネスの拠点として注目されているのが、EUでスイス、ドイツに次ぎ高い国際競争力を誇るオランダだ。英語を母国語としない国の中で、国民の英語能力が最も高い国という調査データもあり、英国に代わる「欧州の玄関口」としては十分な条件が揃っている。
一方で、企業拠点の移転は、大量の労働者の移動を意味する。オランダの首都アムステルダム市では、昨年から市内の空き家数が急減。オランダ不動産業者連盟(NVM)によると、同市の昨年10〜12月期の平均物件価格は、前年同期比10%増とはね上がった。
ひっ迫する住宅事情のしわ寄せは、学生にも及んでいる。昨年9月にエクアドルから派遣され、アムステルダム市内の大学に通う男子留学生(22)は「留学期間が始まる以前から家を探しているが、いまだに見つからない。今は友人宅を転々としている」と嘆く。
「出戻り難民」を受け入れられるか 統合へ遠い道のり
EUにおける共通移民政策に詳しいアムステルダム大学のテセルチェ・デ・ランゲ助教授は、英国のEU離脱後のオランダについて「国内世論は楽観的だが、移民や難民の受け入れ体制が整備されているとは言いがたい」と指摘する。
2015年の欧州難民危機のさなかには、2万人を超えるソマリア人がオランダに到着した。その大半が滞在許可を得てソマリア人コミュニティのある英国へ移住したが、今回の離脱を受け、EU圏内の自由な往来と雇用機会を求めて再びオランダに戻る可能性がある。
オランダでは、滞在許可が認められた移民・難民は、原則3年以内にオランダ語の知識などを問う「市民統合テスト」に合格しなければならず、合格率は60%と決して易しくはない。しかし、かつては政府が費用を負担していた語学教室は、14年に民間・有料化されて以降「教育の質が著しく低下している」(デ・ランゲ助教授)という。
定められた期間内に「市民統合テスト」に合格できなければ、罰金が科せられる。合格を断念した難民が、戦争や迫害の危険を感じながらも母国に帰るケースが後を絶たない。
デ・ランゲ助教授は、「政府が移民・難民に課す統合の条件に対して、提供されるサービスが見合っていない」とオランダの統合政策に不信感を示す。
離脱協定がまとまるまでは、移民労働者や難民の権利保障は不透明なままだ。現実味を帯びる英国の「合意なき離脱」は、裏を返せばオランダ、そしてEU加盟国の「準備なき受け入れ」の可能性を意味する。政治的混乱が長引くほど、その副作用は大きい。