「左手利きの人々は、集団としての力もなく、……この世で最後の未組織少数派の一つといえるかもしれない」。カナダの心理学者、スタンレー・コレンは左利きの存在について、このように述べている。
一般的に、「ボールを投げる」といった力を要する動作では、左利きの人は全人口の1割程度と言われている。社会の大多数を占めるのは右利きであり、多くのものは彼らに便利なように設計されている。つまり我々の社会は、〈右利き社会〉なのである。
右利きにとっては自然な動作になる設計でも、左利きの人にとって難儀である場面は間々にある。右側に設置された駅の改札口。左隣と腕がぶつかってしまうカウンター席。このような例は楽器にも当てはまる。
東京・御茶ノ水にある谷口楽器では、常時200~300本のレフティギターを取り扱っており、世界でもトップレベルの在庫数を誇っている。フロアマネージャーの高瀬仁志さん(36)によると、「(ギターは)弦を押さえる手よりも、弦を弾く手のほうが重要です」という。利き手でのスクロール(ピッキング)のほうが、リズムを取りやすく、抑揚のある演奏ができるそうだ。初めてギターに触れる左利きの人は、それを知らずに右利き用のものを買ってしまうことも多い。
通常のギターは、正面から見ると、ボディから右側にネックとヘッドが出ている。レフティギターはそれを含め、多くの部分が左右反転した作りとなっている。
しかし、ただ外観を反転させただけではギターは用をなさない。木工やプラスチックの部分と異なり、ブリッジやペグなどの金属パーツは左利き専用のものが必要である。高瀬さんは、「ハードウェアは特殊です。この部分は左用のものがないと機能しません。メーカーで左用のハードウェアが調達できない場合は、製品化が困難なモデルもあります」と語る。
全国の楽器店では、通常のギターに比べレフティギターの種類が少なかったり、15~20%値が張ったりする。それでも、谷口楽器を訪れる左利きの人の多くは、レフティギターを持ったほうがしっくりくると漏らすそうだ。種類の少なさや価格の問題があっても、合っていないものを使うデメリットよりは小さい。
右利きの人に有利な〈右利き社会〉は「社会化された身体を秩序づける人類最古の制度の一つ」であると述べるのは、『見えざる左手』の著者である大路直哉さん(51)だ。
右が上位として扱われていた起源をたどると、孔子が著した『礼記』には、「子どもが自分で食事をできるようになったら、右手を使って食べるように教えなさい」と記されている。この時代から、人間が集団行動を保つ上でのルールや礼儀作法として〈右利き社会〉が採用されていたのである。
連綿と続いてきた制度は強固で、日本では国民皆教育や多数決の原理により、一般的に右手優位の考え方が浸透した。
大路さんは、「右利きの人は、〈右利き社会〉という社会的な磁場のために、利き手そのものを意識することが少ない」と語る。そのような中で、ユーモアがあっても良いから、軽く左利きの身体性について語り合うことの重要性を指摘する。
また、「左利きの人は用途に合わせて左利き用の道具を使うべきです」と大路さんは推奨する。無理に矯正を行うと、精神的な苦痛を伴うことがあるためだ。自分の手に合うものを選ぶことが大切であり、選ぶためにはその道具が社会に存在しなければならない。
多数派の右利きが少数派の左利きの存在に気づくこと、そして相互に理解し合うこと。それが「左うでの夢」なのだろう。
(曽根智貴)