仲間を信じマウンド降りた 優勝左腕・生井惇己(3年)

中2日で決勝の先発マウンドに上がった生井=横浜スタジアム(横浜市中区)

「まだ守れるか」。塾高の2点リードで迎えた九回の攻撃中、森林監督は生井に声をかけた。先発の生井は七回まで桐光打線を寄せ付けなかったが、八回に集中打を浴び、この回途中3失点でライトの守備に回っていた。

監督は最終回にピンチが巡ることに備え、リリーフでマウンドに上がった渡部(3年)から再び生井にスイッチする選択肢も想定していた。しかし、返ってきた答えは「正直もうキツいです」。暑さで体は限界。それでも頭は冷静だった。

「渡部のことは信頼している。疲れている自分が外野を守って守備力を落とすわけにはいかない。チームが勝たないと意味がない」

チームメイトを信じ、九回裏はベンチに下がった。歓喜の瞬間、マウンドに駆け寄りながら自然と涙が溢れていた。脳裏には、昨夏県大会準々決勝の桐光学園戦があった。

その試合でも先発を託された生井は、一回途中を5失点と炎上。チームは敗退し、「自分が先輩たちの夏を終わらせた」と自責の念にさいなまれた。「お前の代で何とか勝ってほしい」。上級生に思いを託され、今大会前には隔日で100球を投げ込んだ。

昨夏の悪夢を振り払い、ついに優勝投手に。それでも雪辱はまだ晴らせていない。今春の選抜大会で初戦敗退を喫した悔しさが残っているからだ。「夏は勝って笑いたい」。そう話す顔は、すでに「戦う者」の表情になっていた。

(広瀬航太郎)




投手二枚看板、10年前を再現 もう一人のエース・渡部淳一(3年)

胴上げ投手となった渡部=横浜スタジアム(横浜市中区)

エース生井の奮闘の陰で、もう一人の左腕・渡部の活躍も忘れてはならない。

今日の決勝戦で、生井は七回まで被安打4、1失点とゲームを支配していたが、八回に突如崩れた。本塁打などで7–3となった後に四球を出して一死一、二塁としたところで、渡部がマウンドに上がった。桐光学園スタンドの声援が地鳴りのように響き渡り、試合は完全に桐光ムードとなっていた。

異様な雰囲気の中、渡部もなかなか火を消すことはできなかった。先頭打者に適時打を許した後、ボールがストライクゾーンに入らない。連続四球を与え、押し出しで7–5と2点差とされるも変化球主体の投球で八、九回をしのいだ。「今日はブルペンから直球の調子が悪く、マウンドに上がっても修正できなかった。変化球でカウントが取れるようになったので良かった」と渡部は試合後ほっとした表情で話した。

生井とは同級生で同じ左腕ということもあり、いつも一緒に練習してきた。練習後もフォームや球種などの悩みを相談し合う仲だ。今日も「八回の交代の時に『ごめん』と生井に言われた。生井のせいで負けたことにしたくなかった」と生井のことを思い、何が何でも後続を抑える気持ちで臨んだ。

森林監督は渡部について「二番手とは考えていない。生井とともに投手二枚看板です」と話す。渡部は自身の力は生井には及ばないと謙遜しつつ、「直球のいい生井と比べ、変化球が自分の持ち味だと思う。相手の目先を変えることができれば」と話す。

10年前の夏の甲子園大会で活躍した只野、田村の塾高二枚看板も大の仲良しだった。北神奈川を制した二人の勢いを甲子園でも期待したい。

(椎名達郎)




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