くらしはデザインで溢れています。しかし、そのほとんどが一般的に「デザイン」としては認識されていません。生活の「当たり前」には、それぞれ意味があります。通年連載を通して、デザインの奥深さをのぞいてみましょう。
今や当たり前のように耳にする「ユニバーサルデザイン」。年齢や障害に関わらず、誰もが使いやすい工夫を指す。この言葉は普及しているものの、使っていることを意識する機会は少ないのではないだろうか。
ユニバーサルデザインは日常に溶け込んでいる。例えば、分かりやすく読みやすい、そして読み間違いの軽減を追求して生み出されたユニバーサルデザインフォント(UDフォント)。商品の成分表示やテレビなど、UDフォントの使われている場面は多く、知らず知らずのうちに目にしているはずだ。
日本で高齢化が現実となりつつあった2000年代後半、より読みやすい文字の需要は高まり、各フォントメーカーによってUDフォントがリリースされた。数多くのフォントをリリースしている株式会社モリサワも、ニーズの高まりを認識し、UDフォントを開発した会社の一つだ。
フォントができるまで
日本語のフォントはひらがな、カタカナ、漢字、記号に至るまで、デザインする文字の種類が1書体当たり2万3000字にのぼることもある。通常、フォントを一から開発するためには字のデッサンから始まる。部首を網羅できるよう設定された定型文字500字の原図を、メインデザイナーが一つ一つ手書きで作成する。それを基としてコンピュータに取り込むと、文章に起こして全体的なイメージや太さ・大きさの統一性を確認する。また、熟語にしてバランスを確認したり、同じ部首の字を並べて異常はないかの調整をしたりという作業を重ね、より洗練されたものへと仕上げていく。大量に並んだ字を前に、タイプデザイナーの市川秀樹さんは「(太さの調整の判断は)もう感覚ですね。慣れるとわかるようになります」と話す。長年の経験で養った、「職人の目」でなせる業だ。
UDフォントの中には、すでに製作されたフォントをベースに調整を加えた形で生み出されたものもある。「UD新ゴ」というゴシック体は、従来の「新ゴ」をもとに製作されている。
UDフォントは、これまでの工程に加え、視覚障害を持っていても読みやすいかどうかのチェックもなされる。白内障や緑内障といった患者の視界を再現した眼鏡やゴーグルを使い、字が読みやすいかを検証する。
読みやすいフォントには、具体的にどのような工夫がなされているのか。字の形で言えば、「3」と「8」の誤認を防ぐために「3」が内側に巻き込まないように形を変えたり、濁点や半濁点を強調したりというものが例として挙げられる。また一文字の枠いっぱいにデザインした文字は、同じサイズの他の文字より大きいことになり、見やすいと言える。他にも様々な工夫がある。
フォントを科学する
より誤認を防ぐために、デザイナーだけでなく研究者の支えもある。感覚障害を通してユニバーサルデザインの研究を行う慶大心理学教室の中野泰志教授は、ユーザー評価を通して、UDフォントを科学的に検証している一人だ。
検証方法は大きく分けて二つ。一つ目は「文字の判別のしやすさ(レジビリティ)」の評価だ。文字の一つ一つを正確にかつ速く読むことができるかを検証する。もう一つは「読書のしやすさ(リーダビリティ)」の評価である。文章にした際に小さいサイズでも読むスピードと正確性を保てるかを検証する。いずれも視界がぼやけた状態で、様々なフォントを比較する。UDフォントは他のフォントと比べて読みやすいと実証された。こういった検証から得られたエビデンス(科学的根拠)が、UDフォントの有用性をより担保している。
また、実際のユーザーにしかわからないフォントの感じ方がわかることもある。発達障害を持つ子供が従来の教科書体に対して、字の尖った部分が「刺さるような印象を受け読みづらい」と感じることがあるという。
中野教授は、「文字は文化の担い手。文字が読めなかったら、情報が伝わらないし道具を使うこともできない。文字が重視される機運がやっと高まってきて、今後さらに広がるのでは」と話す。
UDのある未来
UDフォントは今、広がりを見せている。高齢化だけでなく、20年のオリンピックやパラリンピックも近づき、文字を見る人がより多様化していく時代。使う文字を選ぶ側の認知度もここ5年で高まった。
教育分野においても、20年度から「デジタル教科書」の本格導入が予定されている。また、障害のある人が著作権者の許可なしに書籍をデジタル化して使用してよい、という「マラケシュ条約」が日本でも国会で承認された。いずれも、使用場面でUDフォントが役立つと期待が集まる。
「UDにすることで結果的に文字に柔らかみが出た感じになるんです。単に形が美しいという理由で使ってくださる方もいる」とモリサワフォントデザイン部の岡繁樹さんは言う。実際、広告などのデザイン性の高い媒体に用いられる例もある。
意義を世間に浸透させていくと同時に、製品そのものの良さがそれと意識しなくても浸透していくこと。それが真のユニバーサルデザインなのだろう。
(杉浦満ちる)