通勤電車の中でうとうとしているサラリーマン。授業中に教室で机に突っ伏している学生。そんな光景は、人前で居眠りをする習慣のない欧米の人からは不思議に思われている。それを示すかのように、「居眠り」という日本語は「inemuri」として英BBCでも取り上げられた。もはや居眠りは一種の日本文化のように扱われている。
なぜ日本人はあらゆる場所で寝ることができるのであろうか。国立精神・神経医療研究センター精神生理研究部長の三島和夫さんは、「睡眠負債を抱えた人が日本人には多く、日中の眠気を払うために行っている」と指摘する。実際、経済協力開発機構(OECD)加盟国の中で、日本人の睡眠時間は最下位である。
居眠りでは身体機能の低下を根本的に解消できないと、三島さんは語る。回復するのは一時的な眠気だけで、睡眠不足が続くと心身疾患のリスクは刻一刻と上がっていくのである。
一番危険なのは「どこでもすぐに寝ることができると言う人」だという。そのような人は間違いなく身体の負担や睡眠不足を抱えており、本当に睡眠が充足していれば、すぐに寝られるということはない、と三島さんは注意を与える。
居眠りを防ぐにはどうすればよいのか。「簡単なのは、1日30分でもいいから、自分のやりたいことを我慢して、睡眠時間を長く取ること」と三島さん。1日30分長く寝なかった場合、結局土日で「寝だめ」をして、1週間を通した生活時間は変わらないことが多いと言う。
さらに、三島さんは人間の体内時計のあり方に焦点を当てる。「人間の体内時計の調節はほとんど光によって行われるので、早く寝て朝すっきり目覚めるには、午前中のうちにできるだけ明るい光を浴びて体内時計を朝型にすることが肝要です」と説明する。
興味深いのは光による体内時計の調節をサインカーブの基本形に例えた点だ。例えば、朝7時に起床する人がいるとする。xy軸において、その人の起床時間を原点O、1日の周期を2πとすると、午前10時から11時が2分のπ、午後3時がπの部分に当たると、三島さんは語る(グラフ参照)。つまり、グラフのピークに当たる午前10時から11時が重要であると言えよう。逆に、午後3時以降に光を浴びれば浴びるほど、体内時計は夜型になるのだ。
睡眠をきちんと充足できることは、きれいごとだと思う人もいるだろう。人間は時にやらねばならないことがある。さらに、日本では寝食を惜しんで頑張るのが美徳であると思われている風潮がある。
それでも、欧米の国の人々はきちんと睡眠を取っている上、日本以上の生産性の高さを示している。「電車などで居眠りをしてしまうときは、自分の生活がサステイナブルであるかを考えてみてください」と三島さんは警鐘を鳴らす。居眠りという文化は日本人の睡眠に対する不器用さを表しているのかもしれない。
(曽根智貴)