くらしはデザインであふれています。しかし、そのほとんどが一般的に「デザイン」としては認識されていません。生活の「当たり前」には、それぞれ意味があります。通年連載を通して、デザインの奥深さを覗いてみましょう。

2016年、年明けから「週刊文春」の中吊り広告に踊った見出しの数々は、通勤・通学客の度肝を抜いた。「ベッキー禁断愛」「ショーンKの嘘」「育休国会議員の”ゲス不倫”撮った」。「文春砲」の呼称が浸透し始めた頃、同紙編集長の新谷学さんは、電車で乗客が一様に中吊り広告を覗き込む様子を目にした。「久しく見なかった光景。編集長としてすごく嬉しかった」




「文春」の中吊り広告には、2本の「柱」がある。政治や経済、事件・事故など硬めの話題を右端で伝える「右トップ」と、芸能など軟らかめのテーマを左端で取り上げる「左トップ」だ。「新聞でいう一面トップのような位置付け」だという。

右から左、上から下へ読ませる日本語の特徴を意識したレイアウトになっている。だからこそ、最初に目に入る右トップの記事については、毎週慎重に検討を重ねる。

16年の1月28日号発行時は、右トップに配置する記事をめぐって編集部の意見が割れた。当時の甘利明経済再生相の金銭授受疑惑を報じたこの号では、SMAP謝罪コメントを受けたジャニーズ事務所幹部の「告白」も収録していた。「社会により大きな影響を与えるであろうネタを右トップに置く。芸能を軽く見るわけではないが、このネタの軽重の判断は間違えてはいけない」。その号で右トップを飾ったのは前者のスクープ。報道から8日後、甘利氏は辞意を表明した。

メディア初公開!「週刊文春」の中吊り広告(左、2018年3月22日号)と編集長が作成するレイアウト・デザインの指示書(右)

商品としての週刊誌に対し、中吊り広告はパッケージに当たる。新聞社には強力な商品販売システムがあるが、週刊誌にはそれがない。近年は記事のバラ売りも進んでいるものの、雑誌そのものを手に取ってもらうためには強烈なパッケージで「フック」を打ち込む必要がある。

しかし、電車の乗客の多くはスマートフォンに視線を落とす。中吊り広告が目に触れる機会は減っていると新谷さんは実感している。それでも「売りたいと思うと中身を見せたくなるが、それは自信のなさの表れ。むしろ一歩引いたたたずまいに『週刊文春』の凄みを感じてほしい」。青、赤、白の「文春カラー」を貫き、時に字間・行間にあえて余白を作ることで見出しを際立たせる。微細なあしらいに、創刊60年目の看板を背負うプライドが見え隠れする。




 

刷り上がった中吊り広告を見て湧き上がる感情は「ない」。そう語る姿は清々しい。「感慨に浸るメディアではないので。立ち止まっている暇はない」。ありったけの「ネタ」を中吊り広告に吐き出し、それが乗客の目に留まる頃には、次のスクープへの仕込みが始まっている。

 

(広瀬航太郎)