「英語を学ぶ上で必要なのは、辞書ではありません。西洋の文化的な常識です」
そう語るのは、レバノン出身の石黒マリーローズさんだ。1972年に来日して以来、様々な大学で英語などを教え続けてきた。
「文法の授業は高校生で終わり」。英語を単なる「言語」として教えるのではなく、映画や聖書などの生きた英語から表現を取り出し、そこに隠れた文化的背景を解説する。
映画『炎のランナー』の主人公は、大会の予選日が日曜日だったことを理由に出場を断った。厳格なキリスト教徒だった主人公にとって、日曜日は神に祈りを捧げる「holy-day(神聖な日)」だったからだ。
英語の裏にある西洋の文化は当然、宗教的な話題と密接に繋がっている。宗教に対して身構えてしまう日本人は多いが、「信じるか信じないかは別問題。こういったことに気づけないことはとても悲しい」。
40年以上、日本で教壇に立ち続けている石黒さんから見て、学生の英語に対する熱意や好奇心は今も昔も変わらないという。しかしオリンピックを直前に控え、ますます国際化が進む日本において、言語の裏にある文化を知ることはとても重要だ。
日本を独自の視点で捉えた書籍も出版し、エッセイストとしても活躍する石黒さんにとって、日本人が持っている「謙虚」をさらに続けることが大切だという。そして謙遜と対義である「プライド」は全ての罪に繋がっていると訴える。
石黒さんは授業をする中で賢さだけでなく、そういった美徳を養う授業を心がけている。
「賢さと美徳のバランスが大切です。美徳が無ければ、いくら賢くても意味はありません。そのためにも国際理解は大切なのです」
「日本の語学教育を変えたい」と強く切望する石黒さん。そのために言語や宗教の種類を取り払った複合的な授業を提案する。英語やドイツ語、フランス語の語学、さらには、キリスト教やユダヤ教などの宗教も含めた、全てを網羅する全く新しい授業をすることが夢だ。
慶大には英語が堪能だ、という学生が多いだろう。しかし、国際的な常識がそれに付随しているかは疑問だ。世界で活躍するためにも、そういった学習をすべきだろう。
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石黒マリーローズ(いしぐろ・まりーろーず)
レバノン・ベイルート生まれ。外交官の語学教師やクウェート王室付きの教師などを歴任。1972年に来日し、日本人実業家と結婚。1983年、レバノン文化教育センターを設立、館長となる。1989年、神戸市の「国際文化交流賞」を受賞。また、大阪大学、大阪教育大学その他多数の大学で言語学と異文化理解などについて教鞭をとる。現在では、エッセイストとしても活躍中。
(山本啓太)