ビールを飲む行為が文化財に? ―オランダ大学学生連合のストーリー―
スーツを着こなし、ビールをあおってどんちゃん騒ぎする行為が、一体どのような文脈で文化遺産としてみなせるというのか。答えは、オランダの大学学生連合にある。慶大とは異なり、オランダの大学には部やサークルがない。代わりに、学生連合と呼ばれる溜まり場が、どの大学都市にも必ずいくつか存在する。学生連合に加入する最大の目的は、その街で新しい友人を作ることである。学生連合は、オランダでの大学生活の極めて重要な一部分であり、国の無形文化財にも指定されているほどだ。
しかし、学生連合と聞いて、何がそんなに特別なのかと思われるかもしれない。学生連合の伝統は非常に古く、その起源は16世紀末にまでさかのぼる。国内初の大学であるライデン大学が1575年に創立されて間もなく、オランダの学生は同郷の仲間同士nationesと呼ばれるグループで集まるようになった。大学の役員会はこれを快く思わず、しばしば武力を伴う衝突へと発展することもあった。そして19世紀以降、学生は学生団体として集うようになる。最初の学生団体は1815年に設置されたVindicat atque Politで、今も存続している。この学生団体こそが、今日のオランダ学生連合の前身なのだ。
第二次世界大戦以後、学生連合の会員は膨大な数になり、学生はdispuutと呼ばれる10人から20人の小グループを結成するようになった。今日、最も大きい学生連合で約2,700名もの会員が所属しており、小さなグループにいる方が居心地がいいということは容易に想像がつくだろう。dispuutは、学生連合の中でも仲が良い者同士の集まりと見ることができる。メンバーは少なくとも週1回は必ず会い、食事を共にしたり、お酒を飲んだりする。大学生活の数年間で、同じdispuutの仲間は大の親友になる。
ここまででも十分奇妙な話だが、この話にはまだ続きがある。学生連合を特徴付けているのは、何といってもその独自の文化だ。ただ、文化と一口にいっても、それは学生連合、さらにはdispuutごとに異なるということを付け加えておきたい。
まず注目すべき学生連合の文化的要素は、そのほとんどがエリート主義的であるということだ。学生連合では、ラテン語の用語を使用する。例えば、学生連合を一括して監督する理事会では、役職名がラテン語で表される。Ab actisと呼ばれる書記などは、その一つだ。また、会員は、身だしなみをよく保つことが義務付けられる。伝統として、男は全員スーツを着用する。その上、上下関係が厳しい。新入生は、使い走りとしてビールを買わされるなど、古株の会員には適用されない様々なルールに従うよう強制される。
さらに驚くべきは、学生連合固有のしきたりだ。オランダ語でmoresと呼ばれる、暗黙の規則がある。moresは学生連合ごとに異なるが、実質的にそのいくつかはどの学生連合にも当てはまる。よくあるものは、「バーカウンターに背中を向けてはいけない」というものだ。お酒を飲んでいる最中に携帯を使ったり、腕時計を見たりすることも、しばしばタブーとされる。
そして忘れてはいけないのが、学生連合の最も議論を呼ぶ側面、新入生が加入するために避けては通れない「儀式」である。この儀式はontgroeningと呼ばれ、オランダ語で「新入りいじめ」を意味する。会員はontgroeningで何が起こったのかを決して他人に語ってはならず、秘密に留めておかなければならない。Ontgroeningは数日間続き、多量の飲酒を伴い、新入生は汚れまみれになる上に、シャワーを浴びることさえできない。過酷に思われるだろうが、実際過酷だ。前述の学生連合・Vindicatは、非常に酷なontgroeningで悪名高い。儀式の最中に学生一人が死亡し、他数名が病院に搬送されたこともある。
話の結びとして決して前向きではないが、一学生連合で起きた事件が、オランダの学生連合という文化を決定づけるのではないということを忘れないでおきたい。たくさんの学生が、学生連合で最高の時間を過ごし、一生の友を得る。多くの学生連合には、ここで言及したものよりもさらに奇妙で驚くべき伝統や規則、特色がある。仕事に就いてしまえば二度とできないような突飛で馬鹿げたことをしているうちが、大学生として華なのかもしれない。おっと、そろそろ書くのを止めた方がよさそうだ。今さらだが、このバーカウンターの近くではパソコンは禁止だったようだ。
(文:コーエン・ドナッツ 訳:広瀬航太郎)